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東芝EMI Blue Note Club 会報より抜粋

Karl Denson's Tiny Universe Featuring DJ Logic at Blue Note Tokyo

 昨年4月に、ブルーノート・レコードからのメジャー・デビュー以来、早くも、来日4回を数えるカール・デンソン。しかし東京でのクラブ・ギグは、初めてであり、またアルバム”ダンス・レッスン”(TOCP-65686)の中で、重要な役割を果たしているDJ ロジックを擁しての、レギュラー・グループ“タイニー・ユニヴァース”での登場とあり、いやがおうにも期待は膨らむ。デンソンとロジックの共演は、2000年12月のNYのバワリー・ボールルームの時に、ソールド・アウトで涙をのんでいただけに、私もたまたま帰国していた東京で、聴くことが出来るとはと、嬉しくもあり、また東京のオーディエンスが、このファンク・ジャズの強力なビートに、どんな衝撃を受けるのか楽しみでもあった。ロジックは、メデスキー・マーティン&ウッドの“コンヴァスティケーション”・ツアー以来の2度目の来日。しかし、今やジャム・バンド・シーンの中で、ジャズ系だけにとどまらず、ロック系、カントリー・フォーク系とあらゆるタイプのグループと共演を果たし、ロック・スターのデイヴ・マシューズのアルバムに参加するなど、最重要人物となった感があるこの2年間で、大きな成長を遂げている。9月に自己のユニット、プロジェクト・ロジックでの来日が、米国中枢部同時多発テロの影響で、キャンセルになっていただけに、ついに、このターンテーブルのインプロヴァイザーの、ベールが剥がれるときが来たのだ。オーディエンスの中には、ロジック目当ての、クラブ関係者の姿も多く見られた。
 “タイニー・ユニヴァース”にも、若干のメンバーの変動があった。トランペット&ヴォーカルの、クリス・リトルフィールドが初参加、元グレイボーイ・オールスターズ(タイニー・ユニヴァースの前身グループ)のザック・ネイジャー(ds)が、グループに返り咲き、デヴィッド・ピース(key、org)、ブライアン・ジョーダン(g)、ロン・ジョンソン(b)に、シアトルを本拠地にするユニット、クリッパーズ・バギンで活躍し、チャーリー・ハンター(8strings guitar)、スタントン・ムーア(ds)のユニット“ガラージ・トロア”でも華麗なサウンド・カラーリングをほどこしている、注目のパーカッション、ヴィボラフォン・プレイヤー、マイク・ディロンらが、今回のツアーに参加している。
 ステージでは、ロジックが、ターンテーブルを操作している。次々とヴァイナルがプレイされ、ライヴへの期待が高まる。プロジェクト・ロジックのオリジナル・アルバムがかかると、メンバーが続々と登場。ロジックのリズムと繋がりながら、パフォーマンスが始まる。そこへ御大カール・デンソンが現れ、フリー・ジャムへと突入。一気にフルスロットルに入り、客席も負けじと盛り上がる。4月のNYのアーヴィング・プラザでの、CDリリース・パーティ・ギグでは、シンプルながら、強力なグルーヴで、バンドに強い影響力をもつ大ベテラン・ギタリスト、メルヴィン・スパークスが参加していたが、ロジックのスクラッチによるカッティング・プレイは、スパークスの不在を埋めてもあまりある強力なグルーヴで、バンドを刺激している。絶妙のヴァイナル・セレクトで、オルガンのデヴィッド・ピースのバッキングにも匹敵する、ハーモニーの拡がりをも聴かせてくれる。この強力なリズム感と、ハーモニー・センスがロジックを、ジャム・バンド・シーンの、キー・パーソンへと押し上げた原動力だ。70年代マイルス・ミュージックの、オープンなカオスと、ファンク・ポリリズムをこよなく愛するロジックは、ターンテーブルを駆使して、それを21世紀スタイルで再現している
 怒濤の勢いで、30分ほどが過ぎた。ニュー・アルバムに収録される新曲でも、デンソンはパフォーマンスだけでなく、その卓越したソング・ライティングも、遺憾なく発揮している。ロジックは、ステージから消えたが、そのパワーブースターによって、タイニー・ユニヴァースは、さらに高いグルーヴ・ステージに揚がった。大きなうねりを牽引するカール・デンソンの野太いトーンが、響き渡る。デンソンは、オーソドックスなストレート・アヘッド・ジャズ・スタイルからスタートし、レニー・クラヴィッツ・バンドの、フィーチャリング・ソリストとして名を馳せ、ジェイムス・ブラウン・バンドのホーン・プレイヤーたちとの競演から、今日のスタイルを確立していった。メイシオ・パーカー(as)は、自己の音楽を99%ファンク、1%ジャズと表現しているが、さしづめデンソンは80%ファンク、20%ジャズといったブレンドだろうか。この20%のスリリングさで、全米のクラブでの大きな支持をものにした。本格的なアドリブ・プレイを知らなかったアメリカのキッズ達に、インパクトを与えたのだ。ダンスしながら聴く、インプロヴィゼーション、これがファンキー・ビートとともに、さらなるトランス状態へと導くのだ。ブルーノート東京も、スタンディング・シートはダンス・クラブと化し、アリーナ席からもこらえきれなくなったオーディエンスが立ち上がり、スタンディング・シートへ移って踊っている。デンソンは、フルートも演奏する。そのリリカルなプレイも、怒濤のサックス・プレイとのコントラストで、美しさをましている。素朴なヴォーカルも、ステージに必要不可欠なヴァリエーションをもたらした。2時間以上ヴォルテージが衰えることなく、パフォーマンスは続く。ロジックは再びステージに姿を現し、マイク・ディロンの激しいパーカッション・ワークとともに、タイニー・ユニヴァースを、フィナーレへと加速する。アンコール・ナンバーは、フェラ・クティの“エレファント”。次回作では、フェラ・クティ本人をゲストに迎えて、この曲をカバーする予定だ。その日、何度目かのエクスタシーに達し、2時間30分以上にも及ぶ、NYスタイルのファンキー・パフォーマンスが、やっと終わった。オーディエンスも燃え尽きた、タフなギグである。
 2001年に没後10周年を迎えたマイルス・デイヴィス(tp)は、その死の直前にラッパー、イジー・モー・ビーとともに問題作“doo-bop”を残した。その問題作への回答の一つが、ここにあった。(11/12/01 於ブルーノート東京)

(カール・デンソンは、2001年3月10日、NYアーヴィング・プラザで、DJロジックは、2001年4月4日ニッティング・ファクトリーにて撮影されたものです。)

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