2005年 6月号 Jazz Life誌 New York Report

New York Jazz Witness


ジョン・ゾーンの主宰するニュー・スペースに登場した、
アヴァンギャルド・ジャズのコスモポリタン=藤井郷子

 NYのジャズ・クラブの実情は、一部高級店を除くと、世間の好不況に関わらず、いつもシビアな状況にあるのは、ある種の宿命的なことなのかもしれない。これを打破すべく、ジョン・ゾーン(as)が、、アーティストとオーディエンスを直結した純粋なライヴ・スペース、”The Stone"を4月から立ち上げた。2週目に登場した、藤井郷子(p)、田村夏樹(tp)、エリオット・シャープ(g,ss)のトリオとともに、リポートしよう。

 今年に入ってからも、長らくミンガス・ビッグバンドの本拠地だった、タイム・カフェの地下クラブ "fez” もライヴを辞め(ミンガス・ビッグバンドは、”イリディアム”、”ジョーズ・パブ”に移動)、NYアンダーグラウンド・ミュージックの牙城 ”トニック” や、かつてポリスや、トーキング・ヘッズも出演した老舗ロック・クラブ "CBGB" も、家賃高騰から苦境に立たされ、ベネフィット・コンサートが催かれた。
 このような状況の中で、NYアンダー・グラウンド・ミュージック・シーンの中心人物ジョン・ゾーン(as)は、かつては治安が悪かったが、今は再開発が進みトレンディー・エリアに変貌しつつあるアルファベット・シティー(アヴェニューA,B,C,D)の、閉店した中華レストラン跡を借りて必要最小限の改装を施し、飲み物もサーヴしないミュージック・チャージのみのライヴ・スペース "The Stone(ザ・ストーン)"を、オープンさせた。家賃と人件費は、すべてゾーンのレーベル、ツァディック(TZADIK)のCD売り上げでまかない、ミュージック・チャージは、アーティストに100%バック、宣伝はウェッブサイトと口コミのみと、経費をすべて切りつめた、演奏したいミュージシャンと、それを聴きたいオーディエンスを直結したコンセプトの、シンプルでありながら斬新なクラブである。月曜定休以外は、毎日午後8時からと、10時からの2セットを別々のグループがシェアし、住宅地区のため、音量による苦情が出る午後11時前には、演奏が終了するスタイルだ。オープニングの4月1日には、ジョン・ゾーン自らが登場して、高らかにその烽火を挙げ、4月のプログラムはネッド・ローゼンバーグ(reeds)のキューレーションで、NYのアンダーグラウンド・シーンを彩る面々が集められた。

 藤井郷子(p)は、NYを拠点に活躍していた90年代半ばには、ニッティング・ファクトリーや、トニックの常連で、ツァディック・レーベルのレコーディング・アーティストでもあり、”The Stone"のオープニング月間のフィーチャリング・プレイヤーの一人に選ばれた。97年秋に東京に拠点を移してからも、藤井はアメリカ、カナダ、ヨーロッパでのレコーディング、演奏活動を精力的にこなして高い評価を得ている。今回もスロヴェニア、イタリア、イギリスとまわるヨーロッパ・ツアーの一環で、ニューヨークでは旧友ジミー・ワインスタイン(ds)のレコーディングに参加、夫君の田村夏樹(tp)に、スペシャル・ゲストとしてエリオット・シャープ(g, ss)を迎えてのギグは、ニュー・アルバム『In the Tank』(Libra104-011)のリリース記念ライヴである。
 マルチ・インストゥルメント・プレイヤーのシャープは、まずソプラノ・サックスを手に取り、三人の演奏が始まった。サウンドの断片が有機的に絡み合い、清冽な緊張感をともなった音塊へと、発展を遂げる。シャープはギターにツールを持ち替える。30年代から、カントリー&ブルースで使われているナショナル・トライコーン・スティール・ギターは、鋭い金属的な音色で、通常のギターとはかなり異なったサウンド・テクスチャーをもっている。またエレクトリック・ボウで弦を弾くと、シンセサイザーのベンディングのようなニュアンスをもたらした。藤井と、シャープは1999年に、クラブ ’トニック” で出会ってから、その繊細な音意識と空間感覚が共鳴し、チャンスがあるごとに共演してきた。15年の共演歴があり肝胆相照らす藤井と田村に、シャープが加わることによって、サウンドのダイナミックスがパワー・アップした。3人は、それぞれに自らの役割を限定することなく、メロディ、リズム、ハーモニーがスリリングにチェンジして、アヴァンギャルド・アンサンブルが構成されていく。藤井の俯瞰的視点の舵取りにより、音塊は大河の流れを呈し、やがて大団円へと到達した。40分以上に渡る、サウンド・オデッセイだ。最後に演奏された、ショート・ピースでは、「イパネマの娘」の引用が飄逸であった。
 今年も藤井は、6月にはビッグバンドの東京でのDVD収録、秋には、また自己のデュオ、トリオ、クァルテット、サンフランシスコのRVOサキソフォン・クァルテットとのアメリカ、ヨーロッパ・ツアー、大学でのレクチャーと、様々なフォーマットでの八面六臂の活躍だ。その精力的な創作活動はとどまることを知らない。(4/12/2005 於The Stone, NYC)

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