1999年  6月号 Jazz Life誌 New York Report

New York Jazz Witness

サウンドのインプレッショニズム(印象派)
マーク・コープランド・トリオ

 ミュージシャンにとって、毎週必ず演奏できるホーム・グラウンドともいえるクラブを持つことは、自分のグループのサウンドとアンサンブルをタイトにし、また新しいアイデアをすぐに実験できるなど、プラスに作用することが多い。55バーに出演しているマイク・スターン(g)や、ジンク・バーのロン・アフィフ(g)、スモールスのサム・ヤヘル(org)、いくつかのメジャー・ジャズ・クラブでは、ビック・バンドをレギュラー・グループとして、毎週ブッキングしている。昨年の6月以来、月曜日にアップ・タウンのウエスト・サイドにあるクレオパトラス・ニードルで、演奏しているマーク・コープランド(p)・トリオを、今回はリポートしたい。

 マーク・コープランド(p)は、80年代はマーク・コーエンの名で、ジョン・スコフィールド(g)や、ラルフ・ターナー(g)、ジョン・アバクロムビー(g)らと共演してきたが、ポップ・シンガーと同姓同名であるため、混同されるのをさけて改名した。昨年、ゲイリー・ピーコック(b)、ビル・スチュアート(ds)のトリオを中心として、マイケル・ブレッカー(ts)、ジョー・ロバーノ(ts)、ティム・ヘイゲンス(tp)らを、フィーチャーしたコープランドのリーダー作『ソフトリー』(Savoy Jazz/Denon Records CY-18076 )は、オリジナル・チューン、スタンダード・チューンのほかにもジョニ・ミッチェルの『ブルー』、マーヴィン・ゲイの『ホワッツ・ゴーイング・オン』などを取りあげ、端正なピアノ・タッチと、フロントのホーン・プレイヤーを計算にいれた緻密なアレンジのバランスがとれた佳作であり、月刊誌『Jazziz』の特集では、数人の評論家が昨年のトップ・テン・アルバムにランクしている。
 この昨年6月から始まったクレオパトラス・ニードルでのレギュラー・ギグは、ドリュー・グレス(b)、ブラッド・メルドー(p)・トリオのラリー・グレナディア(b)、ビル・スチュアート(ds)、ビリー・ハート(ds)らの中から、スケジュールの合うメンバーによるピアノ・トリオで行われる。この日は、コープランド(p)、グレス(b)、スチュアート(ds)が出演し、このレベルの高いトリオを、ミュージック・チャージなしのミニマム・ドリンクのみで楽しむことができた。

 コール・ポーターのスタンダード『イージー・トゥ・ラヴ』からスタートしたこの日のパフォーマンスは、長いイントロをつけた『ナルディス』へと続く。コープランドは、ハーモニーのインサイドで内省的なコード・ソロと、シングル・トーンの速いパッセージでアウトサイドに駆け抜ける攻撃性を内包した、耽美的なソロをとる。グレス(b)とスチュアート(ds)のフレキシブルなビートは、細かいポリリズムでプッシュしたり、大きなグルーヴのうねり中で抽象的なサウンドの断片を紡ぎ、アンサンブルにヴァリエーションをもたらす。演奏が始まる前までメジャー・リーグ中継がプロジェクションされていたクレオパトラス・ニードルの白い壁に、3人のインター・プレイが映しだされた。コープランド(p)のオリジナル『ダーク・テリトリィ』、スチュアート(ds)のオリジナルでモンク調のユーモアのある循環コード・チューン『シンク・ビフォァ・ユー・シンク』で、1時間ほどの独自の解釈のスタンダードとオリジナルを織りまぜたファースト・セットは終わった。
 マーク・コープランドのスタイルは、ビル・エヴァンス(p)、キース・ジャレット(p)らの系統に位置する耽美的なコード・ハーモニーと、バルトークやシェーンベルクら現代音楽の作曲家達からの影響の、無調性感さえをかんじさせるシングル・トーンのラインの、奇妙な同居に特徴があるといえよう。 コープランド自身のコメントによると、印象派の絵画を、サウンドで表現することを意図しているとのことである。近くで絵のテクスチャーを見ると、ブラシやナイフで描かれた様々なカラーの断片の集合体が、全体像を離れて見ると、それらが一体のアンサンブルとなって美しい風景を描き出している印象派のコンセプトを音に置きかえ、アドリブの瞬間、瞬間では不自然に聴こえる断片の連続や、インター・プレイなどのサウンド・テクスチャーも、1曲が完結するとそれぞれが有機的につながり、美しさを描いている。このコンセプトを反映して、最近作の『ソフトリー』のカバーは、モネの『日没の印象』で飾られた。
 5月にはビル・スチュアート(ds)と、ビリー・ハート(ds)を使い分けたピアノ・トリオとソロ・ピアノを含んだニュー・アルバムのレコーディングに取りかかる予定のコープランドだが、ロードにでている時以外は、毎週月曜日にクレオパトラス・ニードルに出演している。また毎日1:00 amから開かれるジャム・セッションも、要注目だ。(4/19/99 於クレオパトラス・ニードル)

Cleopatra's Needle
2485 Broadway (92 nd St.)
New York, NY 10025
tel. (212)769-6969
(残念ながらマーク・コープランドは、2002年現在、クレオパトラス・ニードルには出演してません。)