2002年 12月号 Jazz Life誌 New York Report

New York Jazz Witness

「イパネマの娘」誕生の地、モライス・ストリートで聴いた
マリア・クレウーザの至福のライヴ

 美しいメロディさえあれば、何もいらない。このことを気づかせてくれたのは、10年ほど昔に聴いた、カエターノ・ヴェロッソ(vo,g)とジルベルト・ジル(vo,g)のデュオ・コンサートだった。ウェイン・ショーター(ts,ss)とミルト・ナシメント(vo,g)の「ネイティヴ・ダンサー」は長年の愛聴盤であり、ブラジルの音楽には、いつも大きな関心があった。今回は、撮影と取材のために、念願かなって初めて訪れた、リオ・デ・ジャネイロからの、リポートをお届けしたい。
 
 NYから、サン・パウロ経由で13時間、リオ・デ・ジャネイロに到着すると、そこはアントニオ・カルロス・ジョビン空港であった。ブラジルのガーシュインともいうべき世界的な作曲家の功績をたたえて、つけられた名だが、政治家や、国民的英雄のサッカー選手らをさしおいての命名には驚かされた。今回のリオ滞在は、12月にキング・レコードから「クール・ボッサ・ストラッティン」でデビューするブラジルの若手ピアニスト、パオラ・ファウアの、カバー写真撮影と、ライナー用のインタビューが目的である。到着日の夜に、ルイス・ボンファ(g,vo)や、デオダード(kb,arr.)とのコラボレーションで知られるプロデューサーのアルナルド・デサウテイロと、ファウアの3人で、インタビューと、撮影の打ち合わせをすませた。翌日、撮影のあとに楽しみにしていた、リオで活躍するミュージシャンの、お勧めライヴへ行くことになる。
 ファウアのグループのパーカッション・プレイヤー、セザール・マチャドが、ドラムスで参加しているマリア・クレウーザ(vo.)・グループを、イパネマ海岸のすぐ近くにあるヴィニシウスというクラブで聴いた。ブラジル文学史上に名を残す詩 人、外交官、シンガー、そしてボサノヴァを代表する作詞家でもあるヴィニシウス・ヂ・モライスを記念し、その名を冠した通りにあるこの店は、NYのブルーノートのように、ビッグ・ネームが出演し、地元の音楽ファンと観光客でにぎわう高級店だ。隣の店は、「ガルータ・ヂ・イパネマ(イパネマの娘)」。かつてバー・ヴェローゾとして知られ、ジョビンは、この店先で行き交う娘たちを見ながら、かのスタンダード・チューンを作曲した場所である。ヴィニシウスは、1階がオープン・スペースのレストラン、2階がライヴを聴けるバーとなっている。マリア・クレウーザの登場を待つばかりのステージでは、前座のボサノヴァ・ギターの弾き語りが、リラックスした時間を演出している。
 11時をまわったところで、キーボードのヴィクター・ヴェレスが率いるバンドがステージに登場し、軽快なサンバを演奏した。ギターのマルセロ・レッサとのソロ交換が盛り上がった頃に、いよいよマリア・クレウーザが現れる。「カーニバルの朝」や、バーデン・パウエルの「ビリンバウ」など、ヴィニシウス・ヂ・モライスや、ジョビンゆかりの曲が、次々と演奏される。1942年生まれのクレウーザは、モラレスとの共演し、師匠として淑していた経歴がある。MPB世代に属するシンガーだが、1930年代から続くサンバ・カンサォンの流れをもくみ、ソフト・タッチで歌われることが多いボサノヴァ・チューンも、エモーショナルに情熱的に、歌う。ブラジル国内だけでなく、アルゼンチンや、遠くイタリアでも評価が高い。今の夫君でもあるサウンド・ディレクターの、ヴィクター・ヴェレス(KB)は、アルゼンチン出身で、タンゴの鬼才ピアゾラのグループで、活躍していた。リズミックなバッキングと、口笛とユニゾンのソロは、グループのサウンドの中核をなしている。ボサノヴァに欠くことの出来ない、ギターのバッキングは、マルセル・ロッサが担っている。ヴォーカル、キーボード、ギターの独特のコンビネーションが、マリア・クレウーザのサウンドの、存在感を大きくしている。パーカッシブにスラッピングを駆使したりと、柔軟なリズムは、ベースのジョエルソン・リマとドラムスのセザール・マチャドだ。この2人のボトムが、フロント陣にパワーと、ドライヴ感を加える。「黒いオルフェ」、「トリステーザ」など、なじみ深い曲が続くが、どれも新鮮に響く。午前1時近くなり、最後の曲は、「イパネマの娘」である。クレウーザ流だと、ややグラマラスな娘のようだが、その生まれた地で聴くスタンダード・ソングは、不思議な印象を受ける。アンコールに、アップテンポのサンバが演奏され、2時間に及ぶパフォーマンスは、終わった。ステージには静寂が訪れ、ジョビンとモライスの肖像画が、微笑んでいる。またいつか訪れ、音楽の宝庫にさらに深く分け入りたい。(10/12/2002 於Vinicius, Rio de Janeiro)

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