花時間 1999年5月号、2001年1月号より抜粋

NYフラワーショップの個性派たちvol.1

 花時間の連載を始めるまで、花屋さんを興味を持ってみたことは、あまりありませんでした。実家の向かいが花屋さんでしたが、私が買ったことがあるのは、墓参りに行くときのお供えと、信心深い父が、毎月一日と十五日に神棚に供えるお榊ぐらいのものでした。アメリカにきてからも、撮影用で使ったものを、もったいないからしばらく家に飾っておくようなことはありましたが、自分から積極的に、部屋を飾るために花を買ったことは、男所帯プラス・ネコ一匹ということもあって、なかなか機会がなかったのです。今も、撮影のあとお土産でもらっても、機材が多くて運べないので、ライターさんや、帰りによったバーのオネエチャンにあげてしまったりしますが、撮影で出会うお花屋さんは、コンビニの花とは違い、それぞれがこだわりと主張を持っています。いつかもう少し精神的な余裕が出来たら、こういった花を家に飾りたいと思いつつ、そんなお店を紹介したいと思います。

 一軒目は、ロバート・J・ウィルソンさんのお店、フレッシュ・アート。このお店は残念ながら、昨年11月で、閉店しましたが、現在もロバートさんは、フリーのフラワー・デザイナーとして活躍中です。ロバートさんは、70年代にNYのヒップなクラブから、ホワイト・ハウスのデコレーションまで手がけた、トムとビリーのフローラル・デザイン・チーム、"マドラレーク"の出身。英国を中心とした、ヨーロッパの影響を色濃く感じさせていた、NYのフラワー・アレンジメントに、ポップな新風を吹き込んだマドラレークのコンセプトは、ロバートさんの作風の中にも見いだせます。アンティークと、フラワーの総合アレンジで魅了するコンセプトのため、花瓶やリボンのコレクションも豊富に揃え、お花との絶妙なアンサンブルを、奏でています。トラディショナルな花器と、サイケデリックをもかんじさせる色使いのコントラストが、スタジオ54を中心とした、70年代カルチャーのリバイバルもあって、今もニューヨーカーの高い支持を集めています。その世界に身近に触れられる、ショウ・ルームの再開が期待されます。

 

 ウェスト・ビレッジでは、その名もズバリ、フラワー・ショップというお店が、最近評判です。顧客リストには、レオナルド・ディカプリオや、イザベラ・ロセッリーニらが並び、評価も高いこのお店ですが、小さな店内にはオーナー・デザイナーのデヴィッド・ブラウンさんの趣味が、色濃く反映されています。原色のトロピカル・フラワーや、曲がりくねったシェイプの竹、蜂の巣、昆虫標本など、少しオカルトが入っているような趣味をみると、子供の頃、愛読したムーミンの絵本の、"悪魔をやっつけろ"というエピソードを思い出しました。 ある日、ムーミン谷にあらわれた謎の男。そのカリスマ性で、たちまち町の人気者になるのですが、彼を怪しんだ、スナフキンとムーミンは、その部屋に忍び込みます。そこには、北欧のムーミン谷では、見ることのない熱帯植物や、毒蜘蛛の標本、水晶玉があり、物知りのスナフキンによると、これらは悪魔が人々をかどわかすときに使う道具ということでした。謎の男は、正体をあらわしムーミン谷の住人をマインド・コントロールしはじめるのですが、それにかからなかったムーミンとスナフキンが、十字架とニンニクで悪魔を追い払い、ムーミン谷の危機を救うという、お話です。ま、私は、この様なしょうもないことを考えながら、撮影をしておるわけですが、この異空間のような店内は、一見の価値アリです。またデヴィットさんの、原色を生かしたデザインも、また独特なポップな世界を持っており、画一的なものを嫌い、オリジナリティを求める業界筋の人々に、高い支持を得ていることがうなずけます。

 ウェスト・ビレッジの街は、月並みですが、0・ヘンリーの短編小説を思い出させます。この窓からみえる、最後の一葉が落ちるとき、私の命も燃え尽きるのね、のような世界ですが(たしかこの話は、葉っぱが落ちないように、絵描きが壁に葉っぱの絵を描いていた、というオチでしたよね。)3階建てくらいの古いタウン・ハウスが建ち並び、広い空と、並木や、ちょっとした植え込みにもホッとさせられます。そんな街並みの中に、ガーデナーのレベッカさんのお店、ポッテド・ガーデンズはあります。東京はここ数年ガーデニング・ブームだそうで、しかしベランダや、玄関まわりの鉢植えのデコレーションを、ガーデニングと言っていいのだろうか?という素朴な疑問を感じますが、レベッカさんは、郊外の家の庭だけでなく、マンハッタン内のビルの屋上のガーデニングや、植え込みのデザインも手がけ、東京でも応用できそうなテクニックが、たくさんあります。彼女のお店は、お花やさん業務のほかに、ガーデン・デザインのショウ・ルームを兼ねており、アンティークの鉢や、いろいろなガーデニング・グッズで溢れているのです。レベッカさん創り出すアレンジメントは、すべてガーデニングで使う花で、構成されています。その素朴なナチュラルさが、都会の生活に一服の清涼剤のような、安らぎを感じさせてくれます。洗練された中にも、子供の頃に触れたカントリー・ライフを思い出させる、絶妙のバランスのアレンジメント。まさに、古いヨーロッパ調の街並みのウェスト・ビレッジには欠かせない、お店です。

 ニューヨークの街角のいたるところにあるコンビニのようなお店デリカデッセン、ここでは食材や雑貨のほかに、10ドル前後の花束も必ずおいています。花を贈り贈られる習慣があるので、手軽にお花に触れられるのですが、花材をクオリティの高いバラに絞って、デリ価格で提供しているのが、ローゼス・オンリーです。60種類ものバラを揃え、それが夜までには毎日完売という、盛況を誇っています。8インチ(20センチ)の長さのバラで、1ダース6ドル、長いバラでも30ドルという、日本では考えられないお値段です。その秘密は、南米のエクアドルに直営のバラ園を持っていることにあります。ここから中間業者を通さずに、直接お客様に提供する。これが花業界のプライス・バスターとして、10年に渡ってマンハッタンに君臨している、理由なのです。有名デパート、ブルーミングデールのすぐ近く、62丁目と、レキシントン・アヴェニューの、コーナーに面した店内は、大きな窓から自然光が差し込み、広々としています。そこに所狭しと並べられた、多くの種類のバラと、アレンジメントは、訪れる人を圧倒します。萩尾望都のファンタジー大作"ポーの一族"で、主人公のエドガーとアランは、いつもバラを浮かべた紅茶を主食として、喫していましたが、このお店で紅茶をすすれば、気分はヴァンパネラといったところでしょうか。でも、もしもヴァンパネラがこの店にきたら、60種類のバラが、あっという間に枯れてしまうかもしれません。彼らは、人の生き血と、バラの精気を吸収して、生命を保っているのですから。ちなみに「誰が殺したクック・ロビン。」というのは、"ポーの一族"がオリジナルで、"パタリロ!"に出てくるのは、そのパロディです。閑話休題、ビジネス地区と、レジデント地区が隣接するこのエリアでは、とっても重宝なお店です。

 今回、最後にご紹介するのは、アレンジメントとディスプレイ、両方でお花の魅力をアッピールする、スプルースです。ここの売りは、毎週パレットといってテーマ・カラーを決め、その色に合わせて最小限の色味を組み合わせ、店内のディスプレイも決めていくことだそうです。そのために、壁を塗り替えることもいとわないこだわりが、このお店の強力なオリジナリティとなっています。そして、コペルニクス的転回というか、コロンブスの卵というか、驚かされたのは、瓶のなかに、バラの花を一輪浮かべたアレンジ(オブジェ?)と、一瞬お歳暮のミカンの木箱詰めを思い出させる、バラの1ダース木箱詰めセット。誰かが考えそうで、考えなかった斬新なアイディアです。マーサ・スチュアート(アメリカのホーム&ガーデンの人気プロデューサー)のテレビ、雑誌の花担当だった、ディレクターのオーガストさんのアイディアは、凝りすぎるきらいのある、昨今のフラワー・アレンジメントに対する、豪快なアンチテーゼとも言えるでしょう。ミニマリズムの影響を受けた店内は、シンプルでありながら、写真家の機材のオート・ポールを使ったディスプレイや、様々な花を同系統の色で統一したアレンジメントなど、細かいところにこだわりを見つけられます。今度訪れるときは、まったく別の顔を見せてくれる、まるで演技派の女優の出演する映画を追いかける、そんな楽しさを感じさせてくれるお店でした。

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