2002年 5月号 Jazz Life誌 New York Report

New York Jazz Witness

NYを拠点に活躍するギタリスト井上智が
北川潔とのデュオでライヴ・レコーディング

 アッパー・ウェスト・サイドの新興ジャズ・クラブ「スモーク」で、本誌連載「毎月増えるスタンダード」でも、おなじみのギタリスト井上智が、3年ぶり、通算3枚目のリーダー・アルバムを、ライヴ録音した。関西活動時代からの旧友、ベースの北川潔とのデュオによる、レギュラー・ギグのドキュメントであるレコーディング模様をお伝えしたい。
 
 井上智は、96年に若手のラリー・ゴールディングス(org)、アンディ・ワトソン(ds)とともに、ファースト・アルバムでオリジナル曲集の「プレイズ・サトシ」、99年には、タナ・アキラ(ds)、ルーファス・リード(b)のベテラン・リズムに、セッション仲間のマイルス・グリフィス(vo)、グレゴアー・マレット(hca)をゲストに迎え、スタンダード曲を中心とした「ソングス」(2枚ともパドル・ホイール)と、コンスタントにアルバムをリリースしている。今回のプロジェクトは、昨年からデュオでステディ・ギグをこなす機会が増えた、北川とのコンビネーションが、成熟してきたことと、井上が日常的に演奏しているフォーメーションで、ライヴ・アルバムを制作したいとの希望から、実現した。世界中から、ミュージシャンが集結しているNYでは、ジャズを専門に聴かせるクラブのほかにも、レストランやパーティでの演奏が、多くある。ギグ中心で、演奏しているミュージシャンは、ツアー・サーキットを廻るとき以外は、この様な機会が多くなるのだが、小規模で、音量が大きすぎない編成が好まれる傾向だ。バック・ミュージックとして聴いても心地よく、シリアスに耳を傾けても、聴きごたえがある演奏が、常に求められている。また、井上が多大な影響を受け、公私ともに交流を持っているジム・ホール(g)が、70年代から80年代に、ロン・カーター(b)や、レッド・ミッチェル(b)と、残したライヴ・アルバムや、昨年リリースした、様々なベーシストとのデュオ集「Jim Hall & Basse」(Telarc)に触発され、ギタリストにとって、チャレンジングな編成に取り組んだと思われる。
 
 軽快なスタンダード曲「フォーリン・イン・ラヴ・ウィズ・ラヴ」で、2日目のこの日はスタートした。北川の、安定したミディアム・スウィングの上で、井上のギターが歌う。カジュアルで、リラックスしたソロだ。北川は、井上と同時期の80年代終わりに渡米、数々のセッション・シーンで頭角をあらわし、ハーパー・ブラザース、ケニー・ギャレット(as)、小曽根真(p)らのグループで活躍。その安定感のある、どっしりとしたベース・ラインと、メロディアスなソロは、ミュージシャンの間でも評価が高い。アップテンポで、ユニゾン・テーマの「ドナ・リー」、北川をフィーチャーした、スロー・バラードの「ボディ・アンド・ソウル」と、定番スタンダードが続いたあと、井上のオリジナル、「ソング・フォー・コト」が演奏された。15年前、井上が和楽器の琴と共演したときに、書いた曲である。オリエンタルな音階から、ジャズへとメタルモフォーゼをとげ、そこにベースが加わり、メロウなモチーフからギター・ソロ、ベース・ソロへと展開する。静かに燃える、ダイナミクスが美しい。アコースティック・ファンク・リズムにアレンジされた、「ムース・ザ・ムーチ」でも北川に、スポットがあたった。この日の北川は、アンプを通さない生音で、録音に臨んだ。ウッド・ベースの共鳴音を多く含んだ自然なサウンドを、井上のカッティングが、引き立てる。しかし、ベースの音量に合わせているため、全体のヴォリュームが小さくなり、リラックスして演奏するステージのミュージシャン達とは裏腹に、客席はノイズを出さないための、不思議な緊張感があった。ボサノバの「ノー・モア・ブルース」でアクセントをつけたあと、コルトレーンの「ジャイアント・ステップス」をモチーフにした、井上のオリジナル曲「ミッド・イースタン・ステップ」が始まった。この曲も、ドラマティックな構成で始まり、「ジャイアント・ステップ」へと、収束していった。今もミュージシャンをインスパイアする難曲であり、井上も独自の解釈を聴かせてくれて、ファースト・セットが終わった。
 全体を聴くと、井上の長年のテーマである「歌」が、デュオというシンプルな構成で、より鮮明に浮き上がっている印象を受けた。現在の井上の音楽的日常を等身大でつたえる、アルバムになるであろう。6月の、アルバム・リリースに続いて、日本ツアーも行われる。ぜひ、井上智と北川潔の、歌心に触れて欲しい。(2/18/2002 於Smoke)
 
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