1999年  12月号 Jazz Life誌 New York Report

New York Jazz Witness

アーティストとエンジニアのコラボレーション
ジャズ・サウンドの伝統を継承する、ジム・アンダーソン
 CDやライヴ・シチュエーションで、音楽を聴くときに、演奏者のパフォーマンスが、サウンド・システムというフィルターを通して、リスナーへ届く。素晴らしい音楽には、アーティストと、サウンド・エンジニアの信頼関係は不可欠である。今回は、現在のNYのジャズ・シーンで、多くのミュージシャンから信頼を集めて活躍しているサウンド・エンジニア、ジム・アンダーソンについてリポートしたい。

 ジャズ・ミュージックのレコードのサウンドは、LP時代に入ってからは、プレステッジや、ブルー・ノートの録音を手がけたルディ・ヴァン・ゲルダーのよって確立されたといえよう。 その後、ジャズの多様化、デジタルを含む技術の向上によって、多くのエンジニアがオリジナリティを持った録音サウンドを創りあげてきた。ジム・アンダーソンは、80年代から90年代にかけて、現代の録音技術をもちいて、50年代、60年代のパワフルなゴールデン・ペリオッドのサウンドを、よりモダンに再現しているのが特徴だ。主な作品としては、グラミー賞2部門を受賞したジョー・ヘンダーソン(ts)のマイルス・トリビュート・アルバム"So Near, So Far"(Verve )、ブランフォード・マーサリス(ts)の"I Heard You Twice The First Time"(SME)、ゴンサロ・ルパルカバ(p))、秋吉敏子(p)、大西順子(P)、デヴィッド・マレイ(ts)などのアルバムがあり、多くのレーベルにクレジットを残している。
 60年代の少年期に、音楽に魅せられたアンダーソンは音大に進み、フレンチ・ホルンと音楽教育学を専攻する。そのクラスの中で、録音機材に触れるうちに、オーディオ・エンジニアリングに興味を持ち始め、卒業後の70年代は、サン・フランシスコのナショナル・パブリック・ラジオに勤務していた。77年に同局が制作した番組"Jazz Alive"を担当し、ジャズ・ミュージックと本格的に関わるようになる。このプログラムは、1年間にわたって毎週スタジオや、コンサート会場からライヴ中継を行い、ソニー・ロリンズ(ts)、チャーリー・ミンガス(b)、エラ・フィッツジェラルド(vo)ら、ジャズ・ジャイアント達とともに仕事をする機会をもった。80年にラジオ局を退職し、拠点をNYに移してからアンダーソンと現代ジャズ・シーンの、コラボレーションは始まる。
 
 インタヴューを行ったこの日は、12月に発売される、スティヴィー・ワンダーのジャズ・カヴァー・コンピレーション・アルバム "Jazz Wonder" (Verve )に参加する小曽根真の、ソロ・ピアノを録音していた。前日に、NYのヤマハで気に入ったサウンドのピアノに出会った小曽根は、そのピアノのシャープでブライトなサウンドを余すことなく捉えたアンダーソンの録音にも、ご満悦の様子だ。小曽根も、北川潔(b)、クラレンス・ペン(ds)らとの"The Trio"シリーズの録音を、アンダーソンに依頼し、全幅の信頼を寄せている。アンダーソンは、同一のアーティストのアルバムを、数枚にわたって手がけることが多いのだが、デビュー以来ずっと録音を担当しているアーティストの中に、ゴンサロ・ルパルカバ(p)がいる。その最新作である"憧憬"(Blue Note TOCJ66058)は、アンダーソンにとっても最近の自信作の一つだ。前作の、"The Trio"(someth'else TOCJ-5591)と比較すると、音数がより少なくなり、間を生かした内省的な演奏が目立つようになっている。「ゴンサロは、デビュー作のモントルーのライヴ以来、常に前進しているアーティストだ。テクニカルな部分が、抑えめになりながら、音楽性はますます芳醇になっている。前作と今回のアルバムが同じスタジオで録られたにもかかわらずサウンドが変化したのは、異なったリズム陣ということも理由の一つだけれども、私もマイクを替えてみたんだ。それによってゴンサロが意図するところの、よりダークで内省的なサウンドを、創れたと思っている。」
 アーティストとの綿密なコラボレイション・ワークを信条とするアンダーソンが、この数年、力を注いでいるのは、シカゴをベースに活躍するシンガー&ピアニスト、パトリシア・バーバーだ。ジャズとフォーク・ミュージックの境界線をさまようバーバーの独特のサウンドは、アンダーソンのサウンド・デザインに負うところが大きい。「パトリシアとは、91年以来、一緒にレコーディングをしている。毎回アグレッシヴなチャレンジがあり、充実した作品になっていると思う。前作の"Modern Cool"(Blue Note )は、彼女のパーマネント・グループによるものでサウンドは、かなりタイトになっていた。パトリシアと、ベースのマイケルと、私はレコーディング・サウンドをポップ、コマーシャル寄りにシフトさせつつ、アーティステックなクオリティを保つことに挑戦したんだ。そして、この浮遊しているような音場感を創った。 このアルバムは。マルチ・トラックで録音したにもかかわらず、ほとんどオーヴァー・ダブをしていないんだ。パトリシアは、ピアノを開けて弾きながら歌うので、ヴォーカルもほとんど直していない。これがライヴな緊張感をアルバムにもたらしていると思う。つい先日発売 された、ライヴ・アルバム"Companion"(Blue Note )では、前作のスタジオの音場感を、クラブで再現することにチャレンジした。うまくいったと満足しているよ。」と、アンダーソンは自身の最新作について語った。
 
 音楽の録音現場では、様々な条件が重なり合って、素晴らしい瞬間が、稀に起きる。20年以上のキャリアのアンダーソンに、今までで、もっとも印象的だったマジック・モーメントとは?と問うと、ラジオ局時代のエピソードを話してくれた。「77年の"Jazz Alive"の中で、エラ・フィッツジェラルド(Vo)が、トミー・フラナガン(p)と共演したニューオリンズでのコンサートの、中継のときのことだ。セットの終わり近くで、エラが、"He is here."とアナウンスした。そのHeとは、スティーヴィー・ワンダーだったんだよ。スティーヴィーはステージにあがり、エラと“ユー・アー・ザ・サンシャイン・オブ・マイ・ライフ”をデュエットした。この音源は、後にラジオで収録された中でもっとも有名な一つになったのだが、その瞬間に立ち会えたときの衝撃と興奮は、忘れがたい。」
 円熟期にはいった、ジム・アンダーソンのアーティストとのコラボレイションに、今後も注目したい。(10/19/99 於 NY アヴァター・レコーディング・スタジオ)

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