2005年 5月号 Jazz Life誌 New York Report
New York Jazz Witness
ジャズ・トリオの新たな地平を切り拓く
ブラッド・メルドーとジョン・スコフィールド
昨年秋に、満を持してオープンしたジャズ・アット・リンカーン・センターの3つの専用スペース、ローズ・シアター、アレン・ルーム、ディジース・クラブ・コカ・コーラは、ニューヨークでもっとも新しいスポットとして、注目を集めている。ギターとピアノ、異なる楽器でトリオ・ミュージックの可能性を探究する、ジョン・スコフィールドとブラッド・メルドーが、ダブル・ビルでローズ・シアターに登場、その模様をリポートしよう。
1991年に、ニューヨークのクラッシック、オペラ、バレエの殿堂のリンカーン・センターのジャズ部門としてスタートした、非営利団体のジャズ・アット・リンカーン・センターは、ジャズ・ミュージックの伝統を継承し発展させるべく、様々な企画コンサートやCDのリリース、教育プログラム、ハイ・スクールのビッグバンド・コンテスト、レクチャー、アーカイヴの設立、ジュリアード音楽院のジャズ・コースの開設など、様々な活動を繰り広げ、アーティスティック・ディレクターのウィントン・マーサリス(tp)は、ジャズ・オペラ「ブロッド・オン・ザ・フィールド」で、ピューリツアー賞を受賞、世界各地でリンカーン・センター・ジャズ・オーケストラのコンサート、クリニックを開催するなど、内外で高い評価を受けている。そしてウィントンやスタッフの長年の宿願は、クラッシック用のホールを使ったコンサートから脱却し、ジャズ・ミュージックをベストなサウンド・コンディションで鑑賞できるホーム・グラウンドである専用ホールを建設することにあった。
2004年春には、リンカーン・センターのホール群の5ブロックほど南のコロンバス・サークルに、ブランド店、グルメ・マーケット、高級レストランを擁するトレンディ・スポット、タイム・ワーナー・プラザがオープンした。それから半年、洗練されたタイム・ワーナー・センターの5階についにジャズ・アット・リンカーン・センターの専用ホール群がオープンし、世界のジャズの中心地、ここニューヨークに新たな一大拠点が築かれ、その全貌が明らかとなった。
世界的にも多くのモニュメントを手がけ、東京国際フォーラムの設計者としても知られる建築家、ラファエル・ヴィニオリのデザインで、リアルな音場感を誇る3つのスペース、企画コンサートが開催される最大1,233席までセッティングでき、客席が360度でステージを囲んでいるフレデリック・P・ローズ・ホール、ステージの背景にはパノラミックな摩天楼の夜景が拡がる500人収容のアレン・ルーム、毎日オープンし火曜から日曜までの同一プログラムというトラディショナル・スタイルに、アフター・アワー・セッション、月曜日の新人紹介アップ・スターツと、140席でソウル・フードもサーヴするレストラン&クラブ、ディジース・クラブ・コカ・コーラから構成されている。オープニングを飾ったリンカーン・センター・ジャズ・オーケストラや、アルツーロ・オファレル率いるラテン・ジャズ・オーケストラ、映像作家ケン・バーンズとウィントン・マーサリスが再びタッグを組んだプロジェクト、「伝説のヘヴィー級チャンピオン、ジャック・ジョンソン」、ジョシュア・レッドマン(ts)、ニコラス・ペイトン(tp)によるコルトレーン・トリビュートなど、非営利団体ならではの興味深いコンサートが続いている。トリオ・ミュージックの新たな地平線を切り開いている、ブラッド・メルドー(p)・トリオと、円熟の境地のジョン・スコフィールド(g)・トリオの競演を大ホールで聴けるのはリンカーン・センターならではの好企画だ。ブラッド・メルドーは、ニューヨークでもヴァンガードに出演すると、あっという間にソールド・アウトするほど根強い人気を誇っている。デビュー以来、不動のトリオのドラマー、ホルヘ・ロッシに替わって、チック・コリア(p)から、ジョシュア・レッドマン(ts,ss)、カート・ローゼンウィンケル(g)、マリア・シュナイダー・オーケストラと大活躍のジェフ・バラードを起用した第二期トリオのNYデビューである。
ベース・ソロから始まる、いなたい16ビート・チューン、"Day is done"でオープニングを飾り、オリジナル、スタンダードが、ブラッドの力強くも、チェンバー・アンサンブルのような繊細な世界に誘う。ビル・エヴァンスが切り拓いた三者対等のインタープレイを基軸とし、スウィングだけでなくクラッシックの影響を感じさせるハーモニーや、大きく空間を捉えるピアノ・トリオのフォーマットは、ハービー・ハンコック、チック・コリアらがさらに発展させ、キース・ジャレットのスタンダーズ・トリオで極限に達したかに思われたが、ブラッド・メルドーの出現によって、新たな局面を迎えることとなった。この日演奏された数少ないスタンダート・チューンの1つ”オール・ザ・シングス・ユー・アー”は大胆な旋律、リズムの解体と再構築がなされた。メルドーの体の一部のような、絶妙なコンビネーションのラリー・グラナディア(b)と、さすがファースト・コール・ドラマーの面目躍如といったジェフ・バラードのメロディアスで繊細なシンバル&ブラッシュ・ワークで、あまたのプレイヤーが弾き継いできたオールド・チューンを、メルドーは有機的に湧き上がるメロディの噴水で、昇華させる。ニュー・ソングとの垣根は跳びこえられ、耽美なメルドー・ミュージックが無限に拡がっていた。ビル・エヴァンスのDNAは、50年近い時を経て、大いなる変異を遂げた。インター・ミッションの間、ピアノはステージから退場し、もしかしたら共演も、という淡い期待は、はずされてしまった。昨年リリースされた久々のギター・トリオのライヴ・アルバム「アンルート」収録時は、ブルーノートは連日の超満員が続き、ジャズのみならずジャム・バンド・リスナーのヤングからも支持される、ジョンスコ人気をまざまざと体感させてくれた。ベースは、アコースティックのデニス・アーウィンで、アーシーだが、ややストレート・アヘッドにシフトし、今や若手から堂々たるシーンを支える中堅に成長したビル・スチュアートが、ベテラン達をプッシュする。この日のスコフィールドは、トレード・マークのアイバニーズのAS200をサブに封印し、以前に使っていたチェリー・レッドのギブソンES-335を引っさげての登場だ。オリジナルや、定番のブルース・チューンに加え、ジャズ・アット・リンカーン・センターに敬意を表したデキシー・ランド・チューンなど、珍しい選曲も聴かせてくれた。スコフィールドは、ジム・ホール以降のギター・トリオの片鱗を残しつつ、クリームや、ジミ・ヘンドリックス(g)のワイルドな要素、独特のアウト・フレージング、彼ならではのアーシーなリズム感で、グループのフォーマットが異なっても、独自の音世界を築いてきた。ウーバージャム・バンドも、ギター・トリオに、グルーヴ・ブースターとしてアヴィ・ボートニック(g)を加えている編成だが、10数年ぶりのレギュラー・トリオ結成は、さらに研ぎ澄まされたスコフィールドのセンシティヴな音空間意識が顕在化し、このフォーマットの伝統に新たな1ページを書き記している。6月リリース予定のニューアルバムは、レイ・チャールズ・トリビュートとなるそうだ。ジョンスコ節が、炸裂の一枚となるだろう。(3/11/2005 於Frederik P. Rose Hall, NYC)
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