2001年 6月号 Jazz Life誌 New York Report
New
York Jazz Witness
全米に波紋を呼んだドキュメンタリー大作”Jazz”
監督のケン・バーンズが登場したイヴェント”Jazz on Film”
1月の放映から、アメリカのジャズ界に衝撃を与えた、ケン・バーンズ監督の、10のエピソードからなる19時間を超える大作ドキュメンタリー"Jazz"。様々なメディア上でも賛否両論が、かわされている。そのケン・バーンズが、Jazz
@ Lincoln Centerの企画"Jazz on Film"で、自作を解説し質疑応答に応じるイベントが、催された。その模様とこの大作の内容をリポートしたい。
製作に6年、500曲を越える音楽、75人のインタビュー、2400枚の写真、2000の貴重なフィルムを含む"Jazz"は、10回に渡って放映され、全米で1,300万世帯が、テレビに釘付けとなった。オンエア後、全米のジャズCDのセールスが、すべてのCDの売り上げの1.9%から4%に上昇し、インターネット通販のアマゾン・ドット・コムでは、一時期売り上げの15%を占めるほどの影響を与えた。ケン・バーンズは、独自の歴史観で、「アメリカとは何か?」を、問い続けている、ドキュメンタリー作家である。ライターのジェラルド・アーリーの「今から2000年後の歴史家が、現在のアメリカ文明を分析したら、3つの重要な要素を発見するであろう。憲法、野球、そしてジャズである。」という言葉に、啓発されたバーンズは、90年の"Civil
War(南北戦争)"、94年の"Baseball"に続いて、今年、三部作の完結編として"Jazz"を発表した。20世紀のアメリカを、ジャズを通して、政治状況、風俗、文化の変遷、人種間の対立と融和を描いた、歴史ドキュメンタリーであるとともに、ジャズは難解な音楽と敬遠していた人々が、飽きずに興味を惹く紹介作品となっている。
イベントは、この作品で音楽監修を務めたウィントン・マーサリス(tp)の紹介で、バーンズは壇上に上がり挨拶を述べて始まった。20分ほどの"Making
of Jazz"が上映され、マーサリスらの演奏による、1900年代初頭のニュー・オリンズ・ジャズを再現した、サウンド・トラックの録音風景から、フィルムの編集風景へとつながり、ケン・バーンズや、プロデューサーのリン・ノヴィックが、インタビューに答えて、ジャズを題材としたアメリカ20世紀史を描いたドキュメンタリーであると語った。続いて、オープニング・シークエンス、スイング全盛時代の野外フェスティヴァルのエピソード、チャーリー・パーカー(as)のエピソード、エンディング・シークエンスが、上映された。バーンズは、ストーリーの骨格として、ジャズを初めて譜面に書いたピアニスト、ジェリー・ロール・モートンから、ルイ・アームストロング(tp、vo)、デューク・エリントン(p)、ベニー・グッドマン(cl)、チャーリー・パーカー(as)、ビリー・ホリディ(vo)、マイルス・ディヴィス(tp)まで7人を選び、彼らをめぐる様々なミュージシャン達が、創造した音楽と、その時代背景と影響を、分析している。その中でも、ジャズをソリストの芸術として確立し、アメリカン・ミュージックのヴォーカル・スタイルを、創造したアームストロングと、2000曲以上の作曲をし、オーケストラを一つの楽器のようにコントロールした、アメリカ音楽史上、最大の作曲家エリントンを、全エピソードの中心に据えている。アームストロングとエリントンは、そのデビューから名声の確立期、円熟期、そして晩年に至るまで、ジャズの発展と隆盛、一時の凋落までと、軌跡を同一にしているといえよう。7つのエピソードが、40年代以前に集中しているのも、"Jazz
Age"といわれた20年代、スウィング全盛時代で、ジャズがレコード・セールスの70%を占めていた30年代は、ジャズはアメリカ人の生活の中で、大きな位置を占めていた事が理由である。後半のエピソードでは、60年代以降の、公民権運動やヴェトナム戦争で揺れるアメリカの政治状況と、アヴァンギャルドへとサウンドが過激化するジョン・コルトレーン(ts、ss)、オーネット・コールマン(as)、セシル・テイラー(p)らの対比が、興味深い。音楽の発展形態を、主にマーサリスが解説しているが、この人選は、ピューリツアー賞受賞で一般のアメリカ人に知られており、ジャズ・ミュージシャンで体系的にジャズを言葉で表現できる人物として妥当であろう。しかし80年代以降、多くの若手が登場しシーンが再活性化してきたことの功労者が、マーサリス一人であるともとれる最後のエピソードは、批判を受けるべきである。キース・ジャレット(p)はNYタイムス紙で、番組中あたかもルイ・アームストロングから直接教えを受けたがごとくに語るマーサリスを、批判している。バーンズが、この日の質疑応答で、ビル・エヴァンス(p)のエピソードや、多くのシークエンスが、最終的には歴史との関連性を鑑みて、残念ながらカットせざるえなかったと、解説している。また、70年代のフュージョンが、エレクトリック導入期のマイルス以外語られていないのも、ジャズがアメリカ風俗への直接的影響力を失ったことから、割愛されたと考えられる。ジョン・ファディス(tp)が、この作品が、今後アメリカのジャズを語る上でのスタンダードになり、登場しないアーティスト達が忘れ去られる恐れがあると語っているが、その可能性は否めない。結局、このドキュメンタリーを、ジャズのすべてを記録した作品として捉えるのではなく、ジャズを通して語るアメリカ20世紀史と捉え、音楽面をより深く追求するのは、視聴者の問題であろう。日本での放映が、期待される。
(4/18 於ウォルター・ルード・シアター)
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