2004年 06月号 Jazz Life誌 New York Report
New
York Jazz Witness
チリ、スペイン、ブラジル、ヴェネズエラ ー
ラテン・コラボレーションから生まれる美しい音
ヴィレッジのジョーズ・パブは、古き良き時代のキャバレーの空気を今に伝える、極上のスペースだ。ジャズ、ソウル、ファンク、ポップス、ヒップ・ホップ、ワールドミュージックと、多彩な音楽の、もっとも芳醇な果実を提供してくれる。ニュー・アルバム、「ネルーダ」(Sunnyside)のリリース・ライヴを催いたルシアナ・ソーザ(vo,per)と、エドワード・サイモン(p)のデュオは、美しい詩と透徹したサウンドでジョーズ・パブを満たした。
シェイクスピアを中心とした演劇の上演や、アカデミックなフィルム上映で、古くから定評のあるパブリック・シアターの、クラブ・スペースとしてオープンしたジョーズ・パブは、6年の間にクオリティの高いブッキングと、洗練されたシックな雰囲気で、人気スポットへと成長した。毎日6:00
PM~4:00 AMまでオープン、ライヴは7:30 PM、9:30 PM、レイト・ナイト・ショウで、セットごとに、いろいろなアーティストが出演する。矢野顕子(vo,p)のデュオ・シリーズも、このクラブをホームとしており、ルシアナ・ソーザも常連で、4月は毎週金曜日のセカンド・セットに出演した。フィービー・スノウ(vo)やクラッシック・シンガーのウテ・レンパーから、ギル・エヴァンス・オーケストラ、リチャード・ボナ・グループ、ソウライヴetcと、NYのミュージック・シーンの縮図のような出演者リストだ。ウィーク・エンドの11:00
PMからのDJナイトも、いつも長蛇の列が出来る。
ルシアナ・ソーザは、サンパウロ出身、名付け親は、稀代のマルチ・インストゥルメンタリスト、エルメート・パスコアルという音楽一家に生まれた。80年代後半に渡米し、ボストンのバークリー音大、ニュー・イングランド・コンサーヴァトリーで学位を修得、90年代半ば頃から本格的な演奏、創作活動を始めた。現在までにダニーロ・ペレス(p)、エルメート・パスコアル、マリア・シュナイダー(arr)、ジョン・パティトゥッチ(b)、クラレンス・ペン(ds)らグループに参加しつつ、アメリカで注目されているアルゼンチン出身のクラシック作曲家オズワルド・ゴリジョフの作品にも、ソリストとして参加、ボストンやロス・アンジェルス・シンフォニーと共演した。すでに5枚のリーダー・アルバムをリリースし、前作「ノース・アンド・サウス」(Sunnyside
2003)、2001年のホメロ・ルバンボ(g)との「ブラジリアン・デュオ」(Sunnyside)は、グラミー賞ジャズ・ヴォーカル・アルバム部門にノミネートされ、順風満帆にキャリアを積み上げている。
最新作「ネルーダ」は、英国のマイケル・ラドフォード監督の映画「イル・ポスティーノ」(1994)でモデルとなった、チリのノーベル賞受賞詩人パブロ・ネルーダ(1904~73)と、スペインのクラッシック作曲家フェデリコ・モンポウ(1893~1987)に触発されたアルバムである。ネルーダの初期の代表作「20の愛の詩と1つの絶望の歌」(1924)や、「気まぐれ詩集」(1958)、「100の愛のソネット」(1959)、「イスラ・ネグラの手帳」(1964)から抜粋した英訳詩に、モンポウ晩年の傑作「歌と踊り」(1979)のメロディの一部を引用したソーザのオリジナル・チューンを、エドワード・サイモン(p)とのデュオと、自らのパーカッションの伴奏で歌った意欲作だ。
ピアノと、いくつかのパーカッションだけというシンプルなステージが、彼らの登場を待っている。客席には、マリア・シュナイダー、クラレンス・ペン、マイク・マイニエリ(vib)ら、ミュージシャンの姿があった。エドワード・サイモンが繊細なタッチで、ミニマルなモンポウのメロディを紡ぎ、ルシアナ・ソーザを導く。ソフト・タッチながら,凛としたコアをもつ独特のヴォイスが、一つ一つの言葉を慈しむように奏でている。リズミックな詩には、クレイ・ポット・ドラム、タンゴで使われる箱形の椅子の打楽器カフォーン、カリンバ、トライアングルを、ソーザが演奏し、抑揚を強調する。共演者のサイモンは、ヴェネズエラ出身でクラッシック・ミュージックのバックグラウンドと、ボビー・ワトソン(as)、テレンス・ブランチャード(tp)らとのジャズ、ジェリー・ゴンザレス(per)、パキート・デ・リヴェラ(as,cl)らとの共演からのラテン・ミュージックと、多くのフレイヴァーをもち、デュオという最小限のアンサンブルに、大きな拡がりをもたらす。ソーザは、詩の朗読をした。外交官としてアジア諸国に赴任し、政治家として体制側と対立し、チリ脱出を余儀なくされたネルーダは、様々な詩作を残しているが、ソーザがセレクトした詩は、パーソナルな感情を、ストレートに表現した作品だ。卓越したパフォーマーのソーザとサイモンに、研ぎ澄まされたモンポウのメロディー、心の琴線に共鳴するネルーダの言葉、4つの才能がハーモニーを創り、美しい音楽が生まれるコラボレーションを、聴かせてくれた。(4/9/2004
於 Joe's Pub, NYC)
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