2000年 8月号 Jazz Life誌 New York Report
New
York Jazz Witness
ジャズ・ミュージックの変遷の歴史そのものを生きてきた
ミルト・ヒントンの写真展“Jazz Image”
6月のNYは、ニッティング・ファクトリーがプロデュースするベル・アトランティック・ジャズ・フェスティヴァルに始まり、JVCジャズ・フェスティヴァルと、1ヶ月の間様々なイヴェントが続く。これらのフェスティヴァルでは、コンサートだけでなく、連動企画としてレクチャーや、シンポジウムもひらかれる。その中の一つで、今年90歳になるベーシストでありながらフォトグラファーでもあるのミルト・ヒントンの写真展の模様をリポートしたい。
ミルト・ヒントン(b)は、1910年にミシシッピ州のヴィックスバーグに生まれ、1919年からはシカゴで過ごし、プロフェショナル・ミュージシャンとしてのキャリアをスタートした。この6月23日で、90歳の誕生日を迎えたヒントンは、30年代から、スイング、ビ・バップ期のジャズ・ミュージックの変遷のヒストリーそのものを生きてきた。主な共演ミュージシャンの名をあげると、キャブ・キャロウェイ(vo)、ルイ・アームストロング(tp、vo)、アート・テイタム(p)、ディジー・ガレスピー(p)、ベニー・カーター(as)、コールマン・ホーキンス(ts)、ベン・ウエブスター(p)らのジャズ・ジャイアントから、50年代から60年代の半ばにかけてのCBSラジオのスタジオ・ミュージシャン時代のポール・アンカ(vo)、若き日のアレサ・フランクリン(vo)まで、枚挙のいとまがない。
写真展のオープニングの前日には、JVCジャズ・フェスティヴァルの企画コンサートの一環で、ヒントンのトリビュート・コンサートが催かれ、ロン・カーター、リチャード・デイヴィスらベテランから、カイル・イーストウッド、クリスチャン・マックブライトらの若手ベーシストを中心に、ジョン・ファデス(tp)、スライド・ハンプトン(tb)、ジミー・ヒース(ts)、ラッセル・メローン(g)ら総勢40人もの、ミュージシャンが参加し、ヒントンの90歳の誕生日を祝った。数年前から、演奏活動から引退をしているが、89年のブランフォード・マーサリス(ta,ss)の、サックス・トリオ・アルバム"トリオ・ジーピイ"では、かくしゃくとしたプレイを聴かせてくれている。
演奏者としてだけでなく、教育者そして、ジャズ・ヒストリーの記録収集者としての側面を持つヒントンは、多くのミュージシャンのコメントを集め、ジャズの歴史を体系的に次の世代に残すプロジェクトにも取り組んでいる。彼の音楽以外の大きな業績として、25歳の誕生日に初めてカメラを手にしてから続けている、ミュージシャンのドキュメンタリー撮影があげられる。このプロジェクトは、"Bass
Line" と"Over Time"(共にTemple University Press)という2冊の写真集として上梓されており、写真だけでなくヒントン自身の回想と、収集したコメントが、社会学者のデヴィッド・バーガーのサポートによって収録されている。ヒルトンのドキュメンタリー作家としての業績は、1959年に米エスクワイア誌の企画によって、当時の有名ジャズ・ミュージシャンをハーレムに集め撮影した、アート・ケーンによる有名なグループ写真"A
Great Day in Harlem"の現場で、8ミリ・ムービー・カメラで撮影したドキュメンタリーが、貴重な当時の映像としてヴィデオとなって残されている。
"Jazz Images"とシンプルなタイトルが銘打たれた、ヒントンの写真展はAmerican
Vision 145という、ハーレムの中にあるコミュニティの芸術家を、サポートしているギャラリーで、催かれた。オープニング・レセプションに駆けつけた客を、1939年以来連れ添っている、モナ夫人と共に、ヒントンは迎えていた。ミュージシャン仲間、プレス関係者以外にも、ハーレム・コミュニティの中の若い世代も、ヒントンの作品に触れ、音楽におけるアフロ・アメリカンの歴史を再認識し、感銘を受けているようだ。壁面いっぱいに飾られた写真は、ヒントンの多彩な共演歴を裏付けるように、ジャズの歴史そのもののような様々なミュージシャンのポートレイトから、52丁目黄金時代に、ミュージシャンがよくハング・アウトしていたビーフ・ステーキ・チャーリーの中のスナップ・ショットなど、当時のNYの風俗を描写したものまでヒントンの音楽人生が、ストレイトに投影されている。レコーディングや、コンサートの現場やバック・ステージ、リハーサル、ツアーの移動中などに撮影されたモノクロの写真は、被写体となったモデル達が、同じミュージシャン仲間であるヒントンに、素顔を見せているショットが多く、メディア掲載を目的に、職業フォトグラファーが撮影した写真よりも、リラックスした表情を捉えている。キャブ・キャロウェイ(vo)・オーケストラの同時期のメンバーで、長年の友誼を交わし合ったディジー・ガレスピー(tp)が、列車のシートで眠っている写真や、レコーディング・スタジオで、グラスを持ち物憂げにうつむくビリー・ホリデイ(vo)のイメージは、ヒントンの同僚を見つめていた優しい視線が、長い時間を超えて、鑑賞者の前に呈示されている。前日のコンサートで、熱いパフォーマンスを聴かせる後輩達を、客席から見守る視線も、また同じであった。これからも、ヒントンは大きく発展したジャズ・ミュージック・シーンを優しく見守り続けることであろう。
(6/14 於 American Vision 145)
ミルト・ヒントン氏は、昨年(2000年)12月に、90歳でお亡くなりになりました。慎んでご冥福をお祈りいたします。今年のJVCジャズ・フェスティヴァルでは、60人以上のベーシストが参加した追悼コンサートが、マンハッタンのリヴァーサイド教会で行われました。
American Vision 145
343 West 145th Sreet NYC
tel.(212)234-8224