2002年 8月号 Jazz Life誌 New York Report

New York Jazz Witness

プリンス・オブ・ダークネスの継承者、エリック・トラファズが
JVCジャズ・フェスティヴァルに出演

 NYの夏の風物詩、JVCジャズ・フェスティバルが、今年も6/16から6/29にかけて、開催された。市内の10カ所の会場に、ジャズのビッグ・ネーム&若手から、ラテン、エスニック、ソウル、ファンクと、多彩な52グループが毎日パフォーマンスを繰り広げる。ランチ・タイムに、ブライアント・パークの野外ステージに登場した、フレンチ・ジャズのヌーベル・ヴァーグ、エリック・トラファズ(tp)&レディランドの、ショウ・ケースをお伝えしよう。
 
 JVCジャズ・フェスティヴァルは、50年代からの長いキャリアを誇るプロモーター、ジョージ・ウェインの総合プロデュースによって、運営されている。ここ数年は、規模も拡大し、メインのジャズ部門はウェインが自ら手掛け、ラテン、エスニック、ソウル部門は、それぞれの精鋭プロモーターを起用することによって、プログラムのマンネリ化を避け、時代の潮流に乗り、多彩なフェスティヴァルへと進化してきた。42丁目、マンハッタンの中心にあるブライアント・パークに設営された無料コンサート・ステージは、大学生のグループや、レコード・レーベルの期待のアーティストのショウ・ケースの場として、ほかの会場とは一線を画している。この日は、ブルーノート・レコードのプロデュースで、昨年リーダー作をリリースしたロニー・プラキシコ(b)と、2000年にアメリカでもデビューを飾って以来、コンスタントに3枚のアルバムをリリースしている、エリック・トラファズ(tp)を、ダブル・ビルで聴かせてくれた。
 
  中音域の空間を生かした抒情的なソロが、マイルスを思わせる、スイス出身のトランペッター、エリック・トラファズは、90年代初頭からヨーロッパのジャズ・シーンで頭角をあらわした。90年代半ばから、UKクラブ・シーンを席巻した、ジャングル/ドラムン・ベース・ビートを、オルガニック・グルーヴに変換して自己の音楽に取り入れ、独自のミュージック・スタイルを確立する。97年に、フランスのEMIと契約し、2000年には遂に、ブルー・ノートから全米リリースも実現。ベスト盤「ザ・マスク」、リミックス盤の「Revisite」、「マンティス」と3枚のリーダー作を発表し、北米ツアーも行った。ドイツのティル・ブレナー(tp,vo)とともに、柔軟な音楽性をもった、ヨーロッパ新世代の俊才である。
 2002年の、トラファズのツアー・バンド「レディランド」は、最新作「マンティス」のメイン・ミュージシャンである、マヌ・コジィア(g)、ミッシェル・ベニータ(b)、フィリップ・ガルシア(ds)をメンバーとしている。キーボードをはずして、コードの呪縛を解き放ち、フレキシブルな音楽を演奏できる編成である。オープニングは、グループのテーマ曲ともいうべきオリジナル・チューン「スィート・マーシー」。ワン・コードで、ゆったりとリズムをとるベース・ラインの上に、ドラム、ギターのバッキングが乗り、ウォームなトランペットなトーンの、マイナー・キーのブルーなリフが奏される。ソロに入り、リリカルなメロディが、曲を支配しているが、有機的に変貌を遂げ、ドラムンベースのビートに転ずると、リズムがドミナントを発揮する。トランペットは、管楽器の中で、サウンドのアタックが強く、パーカッシヴなアプローチが出来る。トラファズのソロは、美しい旋律を歌っていたシンガーが、突然ラッパーに変貌したように、スリリングだ。アドリブを継いだコジィア(g)は、ディープなディストーション・サウンドで、ジミ・ヘンばりのソロをとる。パーカション・アンサンブルのような混沌のまま、1曲目が終わる。次々と演奏されるオリジナル曲は、ダークな雰囲気をもち、細分化したクラブ・ビートと、大きなグルーヴのうねりのコントラスト、ドラスティックなリズム&メロディ展開を聴かせる。ここ数年、再評価が進んでいる70年代のマイルス・バンドのリズムとインプロヴィゼーションのコンセプトを、現代のビートで再現している。デジタルに頼らないオルガニック・グルーヴは、サウンドに柔軟性を与える。サンプラーを駆使しているかのようなサウンドも、ガルシアによるハンド・メガホンにエフェクターをかけたシンプルなもので、アナログ・アプローチが新鮮であった。ジャズにルーツをもつリリシズム、様々なスタイルを自分の音楽に吸収するどん欲さ、夏の午後をも透徹したクールな空気で包み込むカリスマ性。プリンス・オブ・ダークネスの称号を継ぐものが、ヨーロッパから、やって来た。(6/20/2002 於Bryant Park, NYC)

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