1999年  8月号 Jazz Life誌 New York Report

New York Jazz Witness

カルチャーとしてのジャズを次世代に伝承
ウィントン・マーサリス

 6月に入ると、ニッテング・ファクトリー主催で、今年は電話会社がスポンサーについたベル・アトランテック・ジャズ・フェスティヴァルを皮切りに、JVC・ジャズ・フェスティヴァルが続いて開催され、NYジャズ・シーンのサマー・シーズンが始まった。この2つのメジャー・ジャズ・フェスの合間に、独自の企画でセントラル・パークのグレイト・ヒルで行われた、ウィントン・マーサリス(tp)率いるリンカーン・センター・ジャズ・オーケストラの“オール・エリントン・コンサート”をリポートしたい。

 "Great Jazz on the Great Hill"と銘打たれたこのコンサートは、エリントン生誕100年を記念したジャズ・アット・リンカーン・センターの今年のプロジェクトの一環である。演奏を聴かせるだけでなく、午後3時より始まった第1部では、ウィントン・マーサリスにより、Jazz for Young People : "Who is Duke Ellington?"というテーマで、子供のためのエリントン・レクチャーが催かれた。野外の会場をうめた、多くの親子連れを飽きさせないビック・バンドの実演が入ったウィントンによる解説は、子供だけでなく大人にも、エリントンの長いキャリアと業績、時代とともに変遷するサウンドの構造を理解しやすく説明し、聞き応えのあるレクチャーであった。
 ウィントンはまず、エリントンのニック・ネーム“デューク”の由来を、紹介した。エリントンが母の指導で、8歳の時からピアノ・レッスンを受け始めたというエピソードを解説しているバックでは、ファリッド・バロン(p)がハノンを弾き、ハイ・スクールのダンス・バンドで、初めてジャズを演奏したとの解説では、当時のストライド奏法のピアノを演奏する。
 
 絵画にも才能を発揮していたエリントンは、結局、音楽家の道を選び、ビック・バンドというパレットを手に入れ斬新なサウンド・イメージを描き続けてゆくことになる。20年代の代表曲として“ジェラス”、“ザ・ムーチ”を短く演奏した。この時代のサウンドの特徴としては、従来のビック・バンド・サウンドに、さらにソウルフルなブルースの要素を盛り込んだことが説明され、具体的には、ニュー・オリンズ・ハイ・クラリネットとクラリネット・ダウン・ロウの対比を際だたせたジャングル・サウンドを確立し、ブーガルーなどのリズムがサウンドに導入されたことを、あげていた。また1927年からは、ハーレムのジャズ・クラブ“コットン・クラブ”からラジオによる中継が始まり、エリントン・バンドの革新的なサウンドは全米に知られるようになった。
30年代頃に確立された、ポピュラーなビック・バンド・アレンジの主な4つの要素として、ソロの始まりや途中に入るブレイク、各ホーン楽器パートによるソリ、コール&レスポンスと呼ばれる掛け合い、曲の最後を盛り上げるシャウト・コーラスをウィントンは解説し、それぞれを実演させた。当時のレコードの再生時間が3分ほどだったにもかかわらず、この4つの要素を全て盛り込んだスリー・ミニッツ・マスターピースとウィントンが評している“ハーレム・エアー・シャフト”をエリントンのオリジナル・スコアで演奏する。わずか3分とは思えない起伏に富んだ、スリリングな構成だ。
 1939年に、偉大なるパートナーであったビリー・ストレイホーンが、バンドに参加したエピソードでは、グループのテーマ曲となり、その代表作でもある“テイク・ジ・A・トレイン”が演奏される。40年以降その晩年まで、エリントンはアメリカの音楽大使として世界中をツアーで周り、各国で高い評価を得る。世界各地での音楽体験や印象をフィード・バックした楽曲を、エリントンは多く残しているが、東洋の印象をまとめた“デプク”を、ウィントンもグループに加わり演奏した。 そして、この日の解説をわかりやすく要約してから、エンディングとしてジャズのルーツである、ディープ・サウスのサウンドを取り入れ、子供達が喜ぶ汽車のサウンドをモチーフにした“ハッピー・ゴー ラッキー・ローカル”で約1時間のレクチャーを終了した。
 解説の直後の演奏には説得力があり、複雑に思われるビック・バンドの各楽器の有機的な連携が、単純明快に解きほぐされ、そのサウンドの奥深さと楽しさを、多くの人が理解することが出来るウィントンのレクチャーは、彼自身の常々の発言のとおり、カルチャーとしてのジャズをより多くの人々や、次の世代に伝えてゆく役割を十二分に果たしている。

 続いて始まった、エリントン・ナンバーをたっぷり聴かせてくれる第2部"オール・エリントン・コンサート"では、レクチャーの解説をふまえて、より深くエリントン・サウンドを理解することが出来た。先頃リリースされたライブ・アルバム“スウィンギン・ウィズ・ザ・デューク”(Sony SRCS-8949)からのナンバーを中心としたコンサート・メニューは、オリジナル・アレンジを忠実に再現し、20年代、30年代のクオリティの低い録音でしか、聴くことの出来なかった代表曲も、鮮やかによみがえった。そのサウンドは、99年の現在でもラディカルな要素が多く、21世紀へ向かうジャズ・ミュージックのドアを開ける、いくつかの鍵を内包しているように思われる。
 4、5年前に、ベスト・メンバーを揃えたトシコ=タバキン・オーケストラを聴いたときに受けた、エリントン・サウンドの、ストレイト・アヘッドなパートを継承したのがトシコ=タバキンで、ラディカルなパートを継承したのがギル・エヴァンス・オーケストラであり、現在はマリア・シュナイダー・オーケストラが引き継いでいる、という印象が確信へと変わった。かつてマイルス・ディヴィス(tp)は、「すべてのミュージシャンはデュークに感謝を捧げる日をもつべきだ。」とコメントしているが、それを裏付けるコンサートであった。

 ジャズ・アット・リンカーン・センターでは9/16、17、18にはニコラス・ペイトン(tp)をゲスト・ミュージック・ディレクターに迎え、ダイアン・リーヴス(vo)、ジョー・ロヴァーノ(ts)、ウィントン・マーサリスをフィーチャーして“Small Band Music of Duke Ellington"というコンサートを企画している。10、11、12月には"Piano Masters Plays Ellington"というタイトルで、エリック・リード、ジーン・ハリス、ハンク・ジョーンズらがソロ・ピアノで、演奏する。
夏のNYジャズ・シーンでは、7月から8月半ばにかけて、毎週ウィーク・デイの夕方に催かれる、恒例のジャズ・モービル、今年はチック・コリア&オリジンが、ワシントン・スクエア・パークで、フリー・コンサートを行うパナソニック・ヴィレッジ・ジャズ・フェスティバル、8/29のトンプキン・スクエア・パークにおける、チャーリー・パーカー・ジャズ・フェスティヴァルなどが続く。今年の夏も、暑さとともに、盛り上がりそうだ。
(6/19/99 セントラル・パーク、グレイト・ヒルに於て)
Jazz at Lincoln Center Hotline
tel. (212)875-5299

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