2004年 09月号 Jazz Life誌 New York Report

New York Jazz Witness

ジャズの現在の鼓動を捉える。時代とともに歩む
音のデザイナー、ジェイムス・ファーバー

 音楽CDソフトが登場して20年以上が過ぎ、デジタル・テクノロジーによるジャズ・ミュージックのレコーディング・スタイルも、成熟を遂げた。ジェイムス・ファーバーは、アナログからデジタルへの変遷期にキャリアをスタートし、デイヴ・ホランド(b)、マイケル・ブレッカー(ts)、ブラッド・メルドー(p)と、世代を超えた一流ミュージシャンから絶大な信頼を集めるエンジニアだ。そのキャリア、ミュージシャンとのコラボレーションをインタビューした。
 
 ジェイムス・ファーバー(James A. Farber)の創るサウンドは、高中音部のクリアでシャープな音の立ち上がり、低音部の絶妙のバランスがグルーヴ感を鮮明にし、強力な推進力を与える。尊敬するエンジニアとして名を挙げるルディ・ヴァン・ゲルダーや、コロンビア・レコードのスタッフ・エンジニアで、50、60年代のマイルス・デイヴィス(tp)の作品群を手がけたフレッド・プラートの確立した、ジャズ・レコーディング・サウンドのスタンダードを、ファーバーは、テクノロジーの進化と時代の音楽に密着して、さらに高次元で完成させたと言っても過言ではない。
 9月にビデオアーツ・ミュージックからリリースされる、マンハッタン・ジャズ・クインテット結成20周年記念アルバムの、レコーディング現場でファーバーをキャッチした。MJQのレコーディングは、素晴らしいミュージシャン達と、デヴィッド・マシューズによるアレンジとの共同作業が毎回楽しみとのことである。
 1954年にブルックリンで生まれ、郊外のニュージャージー州で育ったファーバーは、5歳の時から父のテープ・レコーダーをいじり始めた。ビートルズのレコーディング・セッションのヴィデオ・クリップをテレビで見て、レコーディング・エンジニアに憧れ、ハイ・スクール、大学(ウィスコンシン大)と、キーボードを演奏しロック、ジャズをプレイするが、いつも、リハーサルやギグを録音していたという。大学卒業後NYに戻ったファーバーは、グリニッチ・ヴィレッジの専門学校オーディオ・リサーチに通い、終了後、ソーホーのビッグ・アップル・スタジオを経て、当時新たにオープンしたパワー・ステーション(現アヴァター・スタジオ)のアシスタント・エンジニアに採用さ、れ本格的なキャリアをスタートする。
 70年代から80年代初頭は、それぞれのスタジオが優秀なスタッフを擁して、独自のサウンドを競い合っている状況だった。パワー・ステーションには、ブルース・スプリングスティーンや、ジョン・ボン・ジョヴィのレコーディングを手がけたボブ・クリアーマウンテンや、ボブ・ディランやスティングのエンジニア、ニール・ドーフスマンらが、一世を風靡したパワー・ステーション・サウンドを確立していた。このアナログ・レコーディングからデジタル・レコーディングへの変遷期に、ファーバーも彼らのアシスタントを経て独立し、パワー・ステーション・サウンドを担う優秀なエンジニアへと成長していく過程の中で、ジャズ・レコーディングのビッグ・チャンスが廻ってくる。マイク・マイニエリ(vib)、マイケル・ブレッカー(ts)らのユニット、ステップス・アヘッドのレコーディングの依頼を受けるのである。70年代のフュージョン・ブームの中核を担った凄腕セッション・ミュージシャンが、原点復帰したネオ・アコースティック・ジャズと、ファーバーの志向する60年代ジャズ・サウンドとは一線を画した、クリア&クリスピーなコンテンポラリー・ジャズ・サウンドは、絶妙のコンビネーションを聴かせ、80年代以降のジャズ・レコーディング・サウンドの大きな潮流を作った。このセッションを、きっかけにドン・グロルニック(p,kb)、マイケル・ブレッカー(ts)、ピーター・アースキン(ds)らとの長いコラボレーションが始まる。
 84年から、ナイル・ロジャース(g,vo)のレコーディング・エンジニアとして、彼のプロデュース・ワークの、ミック・ジャガー、グレース・ジョーンズ、ローリー・アンダーソン、アル・ジャロウ、シーナ・イーストンらポップス、ロック、R&Bの最先端の録音を手がけ、ハイ・レベルのミュージシャンシップに触れ、高い完成度の作品を次々と生み出した経験も、今日のファーバーに大きな影響を残した。ポップスではジェイムス・テイラーらのレコーディングを手がけている。
 
 ファーバーと、長い期間にわたって数枚のアルバムを共同で制作しているアーティスト達は、そのままコンテンポラリー・ジャズ・シーンの主要ミュージシャン・リストとなる。ベテランでは、デイヴ・ホランド(b)、マイケル・ブレッカー(ts)から、ジョー・ロヴァーノ(ts,ss)、ジョン・スコフィールド(g)、イリアーヌ・イリアス(p)、若い世代では、ジョシュア・レッドマン(ts,ss)、ブラッド・メルドー(p)、マーク・ターナー(ts)らから、リアル・タイムな現代のジャズ・シーンの息づかいが聴こえるサウンド・デザインは、絶大な信頼を集めている。
 プロ・ツールズによる、マルチ・トラックのハードディスク・レコーディングが、ジャズでも主流になりつつある現在も、ファーバーは、ダイレクト2トラックのアナログ・レコーディングをも手がける。昨年ブルーノートからリリースされた「スコ・ロ・ホ・フォ」や、ジョー・ロヴァーノの新作「I'm All For You.」このスタイルで録音されている。「デジタル技術の発達で、様々なことが可能になったけれども、少なくとも、ジャズ・アーティストの中でもマエストロ・クラスの人たちでは、演奏そのものには、大きな影響はないとおもう。結局、ミュージシャンはベストを尽くし、私は全力でそれを捉える。テクノロジーは二の次の問題だ。だからダイレクト2トラックのアナログ・レコーディングは、ジャズの伝統の音を継承すると共に、チャレンジングだが自分もパフォーマンスに参加している充足感がえられ、最高だね。」ファーバーのサウンドには、オールド・テクノロジーの良さをキープしながらも、現代の空気がしっかりと刻み込まれている。常にアーティストとともに歩む、ジェイムス・ファーバーはこれからもマスターピースを、シーンに送り続ける。(6/15/2004 於Sound on Sound Recording Studio, NYC)