2004年 12月号 Jazz Life誌 New York Report

New York Jazz Witness

ジャズ・クラリネットの既成概念を
打破する鬼才ドン・バイロン

 NYジャズ・シーンを構成する要素として見逃せないのが、非営利文化団体のホール・コンサートである。昨秋から始まったカーネギー・ホール内のザンケル・ホールのジャズ・シリーズ、この10月にいよいよオープンするジャズ・アット・リンカーン・センターの新しいホーム・グラウンド、フェデリック・P・ローズ・ホールなどが代表的なスペースである。2002年に大改装を終え、大小2つのホールを持つシンフォニー・スペースも、この秋のジャズ・シリーズには、レジデント・ミュージシャンのドン・バイロン(cl,ts,b-cl)が、ニュー・トリオで登場した。
 
 アッパー・ウエスト・サイドで、古くから音楽、フィルム、演劇、パフォーミング・アーツを提供し、NY最先端カルチャーの発信地の1つの、シンフォニー・スペースは、2002年一月に大改装を終え、従来からの大ホール、ピーター・ジェイ・シャープ・シアターと、SFテレビ・シリーズ、スター・トレックのミスター・スポックの名を冠した小ホール、レオナード・ニモイ・サリアがオープンし、定期的にジャズ・コンサート・シリーズもプロデュースしている。昨年の情報誌タイム・アウトには、ザンケル・ホールと並んでベスト・ジャズ・ホールに選ばれた。この秋のコンサート・シリーズの1番手に起用されたドン・バイロンは、2000年からレジデント・アーティストとして、シンフォニー・スペース・アドヴェンチャー・オーケストラを結成、ヒップホップから、スライ・ストーン、ヘンリー・マンシーニ、レイモンド・スコット、ストラヴィンスキーと、レンジの広いプロジェクトに取り組んでいる。このコンサートでは、先頃リリースしたニュー・アルバム"ivey-divey"(Blue Note)と同様、ナット・キング・コール(p)、バディ・リッチ(ds)を擁した1944年のレスター・ヤング(ts)・トリオへのオマージュを、気鋭の若手ジェイソン・モラン(p)、ベテラン、ビリー・ハート(ds)とともに捧げた。
 
 ドン・バイロンは、1958年にブロンクス生まれ、育った。カリプソ・バンドのベーシストだった父と、ピアニストの母の影響で、ディジー・ガレスビー(tp)や、マイルス・デイヴィス(tp)らのジャズや、ラテン音楽に囲まれて成長した。クラッシック・スタイルのクラリネットで音楽を始めながら、高校時代にはサルサ・ミュージックのアレンジを手がける。ニュー・イングランド・コンサーヴァトリーに進学後、ジョージ・ラッセル(arr,p)の薫陶を受け、ジャズやラテン・ミュージックの演奏活動を開始した。80年代半ばにNYジャズ・シーンに登場し、レジー・ワークマン(b)、ラルフ・ピーターソン(ds)らのストレート・アヘッドの主流派から、ビル・フリゼール(g)、スティーヴ・コールマン(as)、ユリ・ケイン(p)ら、ダウンタウン・ミュージックシーンのアングラ派、カサンドラ・ウィルソン(vo)までの幅広い共演歴と、ビバップ以前のオールド・スタイル・ジャズから、ラテン・ミュージック、ユダヤ人伝統のクレズマー・ミュージック、ヒップホップと多彩な音楽スタイルを演奏している。
 
 クラリネットのソフトな音色と裏腹な。アグレッシヴ&アヴァンギャルドなバイロンのプレイは,さしずめ羊の皮をかぶった狼といったところであろうか。ニュー・アルバムを聴くと、やはりソフトなサウンド・テクスチャーを持つレスター・ヤングのテナーを、クラリネットで表現するアイデアは秀逸だが、実際のライヴでは、さらなるトリックが仕組まれていた。アルバムでフィーチャーされていた、オールド・スタンダード・ソングは影を潜め、1930年代のアフロ・アメリカンを描いたドキュメンタリー・フィルム「奇妙な果実」に提供した、オールド・ジャズ・スタイルのオリジナル曲などを、取り上げた。
 ブルー・ノート・レコードの新世代ミュージシャンの旗手であるジェイソン・モランの起用は、このトリビュートにさらなる先進性を加えることになる。モランの斬新なハーモニー・センスと、セシル・テイラーをも彷彿させるパーカッシヴ奏法は、ベーシストの不在を逆手にとった、クラリネットの浮遊するようなサウンドに、鋭いアンカーを打ち込む。バイロンと、モランの対話を、ハートのドラムがプッシュして、新たなサウンド・ステージに昇華するというのが、基本的な構造だ。
 バイロンは、バス・クラリネット、テナー・サックスと持ち替えたり、クラリネットをピアノと共鳴させて演奏したりと、サウウンドに多くのヴァリエーションを持たせて、イメージをふくらませる。アルバムでも、カヴァーしていた、ジョー・ザヴィヌル(kb)作曲のマイルス・デイヴィスの1969年の問題作、「イン・ア・サイレントウェイ」が、トリを飾った。3キーボードとギターで荘厳な音世界を構築しているオリジナルに対して、ミニマルな編成のライヴで、どこまで迫れるかが聴きどころである。モランのベースをもカヴァーする低音域から高音域まで、リズミックにシフトするバッキングと、ハートの力強いビートと繊細なシンバル・ワークの中で、バイロンのクラリネットが変幻自在に舞い、歌う。オリジナルに忠実なテーマ呈示からビートが刻まれるソロ・パートに移行すると、3人の緊密なインター・プレイは、大編成にも匹敵する、濃縮されたサウンドを紡いだ。そして安らかなテーマに緊張感は帰結していく。
 一瞬の沈黙のあと、大きな拍手にホールは包まれた。常に貪欲なドン・バイロン・ミュージックにまた、新たなチャプターが書き加えられた瞬間だ。今後の展開が期待される。(10/8/2004 於Leonard Nimoy Thalia, NYC)
 
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