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1997年   11月号 Jazz Life誌 NY Special Report

New York Jazz Witness Special

ちょっぴりコンサバでどっぷり過激な
New York 最前線

 本誌9月号で紹介した今夏のテキサコ・ニューヨーク・ジャズ・フェスティヴァルは、今までの"What Is Jazz ? Festival"から名前も変わり、大手スポンサーも付いて規模も最大級のものとなった。出演ミュージシャンも新人から大物もで、音楽もニッティング・ファクトリーを拠点とするフリー系だけでなく、メイン・ストリーム系、フュージョン系、エスニック系など多岐に渡り、ニューヨーク・ジャズ・シーンの"今"を鮮明に映し出して見せた。そこで今回は、このフェスティヴァルを通して取材したニューヨーク在住の常盤武彦、寒川光一郎両氏に再び登場してもらい、今回のテキサコ・ジャズ・フェスティヴァルを振り返りながら、最近のニューヨークにおける注目すべき尖鋭系ミュージシャンと彼らの活動ぶり、動向・傾向などを語ってもらった。

 常盤武彦(以下T): 大物系をのぞいて、印象に残った面白いバンドとしては、まずスパニッシュ・フライでしたね。ギターのデイヴ・トロンゾのサウンドがかなり全体を支配していると思いました。8弦ギターのチャーリー・ハンターも結構面白かった。彼は色物で終わってほしくないですね。
 寒川光一郎(以下S): バンド自体はすでに大物だけど、ヘンリー・スレッギル&メイク・ア・ムーヴのベーシスト、ツトム・タケイシと、ビル・フリゼール・クァルテットのヴァイオリン奏者アイヴィン・カンは、恐るべき才能を持った注目すべきミュージシャンだと感じました。
 T : ツトム・タケイシは、ポール・モチアン(ds)のエレクトリック・ビ・バップ・バンドで出てきて、今度はヘンリー・スレッギルの中枢メンバーとして出てきましたからね。彼のお兄さんはイリアーヌ・イリアス(p)のとこれでもプレイしているドラマーです。彼も要注目ですね。
 S : それとザヴィヌル・シンジケートのアフリカ組2人も本当にショックでした。サリフ・ケイタ(vo)のドラマーで、象牙海岸出身のパコ・セリーとカメルーン出身のベース奏者リチャード・ボナ。ボナはいよいよ待望のソロ・アルバムも登場します。ジャコ以来の逸材と行っても過言ではない。
 T : ニューヨークとは全然関係ないところから、とんでもない奴が集まって来るというのも、ニューヨークの面白いところです。ベースではジミー・ギャリソン(b)の息子マシュー・ギャリソンも要注目ですね。
 S : あと、スティーヴ・コールマンのところに新しく入ったドラムスのショーン・リックマンも見逃せない。そしてヘンリー・スレッギルのほかのメンバーも強烈。アコーディオンのトニー・セドラス、ギターのブランドン・ロス、ドラムスのJTルイス。
 T : 意外なところでモーフィーンですね。2玄ベースとバリトン・サックスでベースラインを出すという、サウンド的にもかなり面白い。マリオ・パヴォーンはトーマス・チェイピン(as)を加えた3管編成でホットな演奏をニット(ニッティング・ファクトリー)のメイン・スペースで繰り広げていましたね。
 S : 小スペースのオルタニットで演奏していたフィリップ・ジョンストンはニットにはたびたび登場するけど、音楽自体はチェンバー的で非常に地味でした。ブラジルではすでに超大物ですが、エルメート・パスコアールのステージも凄かったです。対バンだったメデスキ、マーチン&ウッドのファンたちも度肝を抜かれていました。
 T : トーマス・チェイピンが病気のせいで痩せてしまってびっくりしましたね。でも音楽的には非常に評価できますね。
 S : 確かに音質には以前のような強烈なパンチはなかったけれど、表現力の幅が広がり、演奏は素晴らしかった。プレイも音楽性もスケールが大きくなったような気がするし、音楽に対する誠実な姿勢がひしひしと感じられる。もうお馴染みだけど、メデスキ、マーチン&ウッドもなかなか強力なバンドですね。メデスキのハモンドをメインにしたオルガン・トリオだけど、エフェクトをかけて、かなりアグレッシヴなサウンドに仕立て上げてる。会場のセントラル・パークの野外ステージは超満員だったし、ここニューヨークにおける人気の高さを思い知らされました。(トーマス・チェイピンは98年2月に40歳の若さで、白血病で死去)

 S : すでに大物の領域に入っていますが、ヘンリー・スレッギル(sax)、ビル・フリーゼル(g)、スティーヴ・コールマン(as)の3人は、今回のフェスティヴァルの中でもダントツの存在感でしたね。
 T : ファイヴ・エレメンツ自体もかつてないほどにソフィスティケイトされてポップになってきましたね。
 S : この3人はコマーシャリズムに迎合せずしてメジャー・レーベルと契約を交わしている。
 T : 中でもソニーのような超メジャーがスレッギルと契約しているというのも凄いことですよ。
 S : スレッギルは日本では人気がないのはなぜでしょう。こちらではかなり認知されてるし、本当にリスペクトされてるのにね。
 T : 黒人音楽への理解、また黒人音楽のバックグラウンドの浸透性というのも関わってきてるとは思いますけどね。
 S : でも僕は、スレッギルというのはAEC(アート・アンサンブル・オブ・シカゴ)や、ワールド・サキソフォン・カルテットのようなグレイト・ブラック・ミュージック指向というのとは、ちょっとスタンスが違って、かなりグローヴァルなアトラクションを持っていいるし、出所不明でミステリアス、非現実的で不思議なサウンドだと思うんですよ。
 T : でも、彼のサウンドの根底にあるブルースというのは、かなり大きな位置を占めていると思います。ソフィスティケイトされた音楽ではないし、しかもものすごいカオスですし。
 S : インテリジェントであり、しかも野蛮という魅力がある。ビル・フリゼールも昨年から新クァルテットによって、ものすごい領域に入ってきましたね。
 T : ある意味ではビル・フリゼールこそサムシング・ニューなサウンドですよね。とくにあれは今までジャズのフィールドの中には入っていなかった音楽のエレメンツを、うまい形でブレンドして持ち込んでますね。室内楽的でありながらも、個々のミュージシャンの力量が十分に出ていて、ジャズ・インプロヴィぜーションの醍醐味もしっかり持ち合わせている。今回のフェスティヴァルのあと、すぐヴィレッジ・ヴァンガードにも出演してましたし、ここ数年、本当に評価が高まっていると思いますね。
 S : バッテリー・パークでのマサダ野外コンサートは1000人以上が集まって超満員となりました。でもオーネット・コールマンのオリジナル・クァルテットのコンセプトと、ユダヤ音階の繰り返しに終始してしまうところが多々あって、そこからはじけ出るものがあまり感じられなかった。ジョン・ゾーン(as)に関してはいつも期待が大きいだけにちょっとがっかりした面もある。
 T : 音楽性も演奏もすごく面白い人だけに、それは感じましたね。
 S : デイヴ・ダグラスも素晴らしいトランペッターですね。ポスト・ウィントン系以外の人は人材不足のトランペット界にあって、彼の存在は非常に貴重だと思う。
 T : じょんがやってたのとある意味で連動してくるのが、ヘジテック・ニュー・ウェイヴ
 S : ユダヤ音階と70年代マイルス的サウンドのミクスチャーとでも言おうか。今回の中でユダヤ系音階やジューイッシュ・ミュージック的色合いというものを出してたバンドが結構ありましたよね。そういう載って個々最近の傾向でもあるのかな?ベン・フォールズ(p,vo)のサウンドでさえそういうのが聴かれたよね。
 T : 僕はユダヤ音楽自体は、そんなにファミリアではなかったけど、確かに人種雑多のニューヨークにいると、自分のアイデンティティを見つけるためには、結局ついつめていくと自分の民族的バックグラウンドに戻るというケースが多々あると思います。それはひとつのやり方なんだけど、それとジャズのミクスチャーというのは、かなり難しいですよね。それはいろんな民族の人がトライしていることだけど、アメリカのジャズ・ミュージシャンがそれをやろうとすると、ジャズをコンセプトとして捉えるだけではなくて、イディオムとか様々なフォームに呪縛されることによって、逆にスタンスが中途半端になってしまうような、きらいを僕は昔からすごく感じている。
 S : 僕もそれは感じますね。とにかくジャズやロックというのは、本当にアメリカの誇る文化であり、しっかり根付いているんだなと思い知らされる。その反面として、伝統があり伝統に対するリスペクトがあるが故に、それらに縛られて抜けられないというジレンマもある。ある意味ではアメリカのジャズは、クラッシック・ミュージックの領域に入ってきてしまっている。
 T : JVCジャズ・フェスティヴァルなどは、ある意味すでにクラッシクとして様式化されたようなフォーマットで、やってますからね。
 S : あれはもう完全にクラッシックの世界でしょう。でもあれもジャズのひとつの姿であり、あれはあれで盛り上がるんですよね。
 T : 予定調和の世界ですからね。その意味ではジョンは、それを打ち破ろうとしている人ですよね。でも、そのジョンにもオーネット・コールマン的コンセプトの呪縛がある。彼がそれさえも打ち破っていくときが楽しみでもあります。

 S : 今回、コンサートであったミュージシャン達の中には、ポスト・ジョン・ゾーン世代といえる連中が多い。ある意味でジョン・ゾーンは、ニットを中心とするニューヨーク先鋭系のパイオニアですよね。彼がやってきたことというのが脈々とながれているのを感じますね。
 T : 確かに10年ほど前、ハウストン・ストリートで旗揚げした頃のニットの旗頭がジョン・ゾーンであり、スティーヴ・コールマン達であったわけで、今その次の世代が次々と出てきている。ヘジティック・ニューウェイヴでも弾いていたデヴィッド・フュージンスキとかね。年齢的にも音楽的にもポスト・ジョン・ゾーンという感じがします。
 S : その意味でも、例えばジョン・ゾーン、スティーヴ・コールマン、デヴィッド・マレイ(ts)、ラウンジ・リザース、ビル・フリゼールといったニットのメイン・スペースを超満員に出来る連中に続く先鋭バンドの活躍が問われていると思います。ところが現状は、例えばフリーとオーソドックスなものとのミクスチャーだとか、70年代マイルスっぽいものとか、結構カテゴライズされやすいものが多くて、なんじゃこれは!というようなとんでもないものが少ない気がする。
 T : いつかどこかで聴いたことがあるようなサウンドってやつですよね。
 S : やっぱり音楽って言葉で説明できないところが面白いでしょう。でもそれがある程度容易に説明できちゃうような、エレメンツが丸見えしてしまうようなものって、最近多いような気がしますね。そうしたものっていうのは、言葉として音楽を扱うものにとっては便利なことこのうえなしなんだけども、でもそれじゃあつまんないんですよね。
 T : ただ、今回のフェスティヴァルの場合は、そういうなかでもかなりけいろのちがったものを大小様々なスペースに分散させることによって、なるべくカットしない方向に持っていっていたのは、評価すべきことだと思いますよ。
 S : 今回の場合は、とくに今までニットには出ないような大物系と組み合わせたりね。結果はあまりよくなかったけど、ファラオ・サンダース(ts)と、ベン・フォールズ・ファイヴというのもとんでもない組み合わせだった。何かをトライしようとしている心意気が感じられるし、そうしたニューヨークの音楽シーンのあり方には、非常に共鳴できる。その意味でも、今後マイケル・ドルフを始めとする現場の運営サイドの人間達が、大手のスポンサー達に対し、どこまで発言力を持ちプレゼンしていけるのかというところは興味深いですね。ジャズに限らず、ロックもそうだけど、とくに最近のアメリカの音楽のコンサヴァティヴ傾向というのは、きわめて顕著ですからね。

 
S : 最近は、70年代マイルス的なサウンド指向を色濃く感じさせる音楽も、増えてきているような気がしますね。延々とリズムをくりだいていってコード一発でドライヴさせていくという。アガルタ〜パンゲリア的なアプローチというのは、かなり最近の若い連中にも浸透しているというのを感じました。メデスキ、マーチン&ウッド、ロスト・トライブ、ヘジティック・ニューウェイヴ、ジョシュ・ローズマン(tb)などには、そういう色合いが強く現れていましたね。例えばジョシュの場合は、フェンダー・ローズとトロンボーンのサウンドが、妙にクルセイダーズっぽかったりもする。本当にここ数年は70年代サウンド回帰指向というのが強いですね。それは音楽だけじゃなくてファッションや映画、その他の文化にも見られるけど。
 T : それは実はすごいことなんですよね。ウィントンが出てきて以来、彼に続く連中というのは、4ビートしかやらないというのが、結構多かったんですよね。その勢いで、70年代のフュージョン・ムーヴメントというのが、結構否定されていた時期もあった。それを今20年以上経って冷静に見つめて、残るべきもの再評価するべきものに、スポットが当たるようになってきてると思います。80年代以降、変にコンサヴァティヴな方向に戻っているきらいがありますからね。もちろん当時は当時で4ビートのストレイト・アヘッド・ジャズが、ものすごく落ち込んでいた頃だったからなんだけど。
 S : その意味では、4ビート、フリー、フュージョンなど、かつてどれかを持ち上げると、他を相反してしまうようなものが、同じ土俵に上がって等しく取り扱われる時代に向かっているんじゃないかな。
 T : とくに今回のテキサコ・ジャズ・フェスティヴァルは、そうですね。変に偏らずに、様々な要素・音楽が程良いバランスでブレンドされて、披露されているというイメージはありますね。
 S : 今までの過去の遺産というものが等しいレベルに持ち上がってきて、誰でも好きなようにミクスチャーしてやれるようになってきてるんじゃないでしょうか。
 T : 必ずしも、まだそこまで到達してはないと思いますけど、そういう可能性が確かに出てきてると思いますね。

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 先週(11/15/2002)、久しぶりにスティーヴ・コールマン&ファイヴ・エレメンツを聴きました。この原稿を再編集していたら、無性に聴きたくなった次第です。今も、ショーン・リックマンがファンキーなリズムを叩き、2ベースが有機的に絡み、フロントには、ちょっと前に見たチャーリー・ハンターのニュー・クィンテットにいたハーモニカのグレゴアー・マレットも参加していました。相変わらずの変態変拍子音楽ですが、頭を空白にして、リズムに身を任せると、コールマンのフレーズが、快感になってきます。このとき、リズムを数えたりしないことが肝要です。この記事の頃から5年がたち、スティーヴ・コールマンは、アメリカのメジャー契約(RCA)はうち切られたものの、フランス最大のジャズ・レーベルLabel Bleuから、意欲的なフランスでのライヴ・アルバムをリリースしています。その音楽スタイルは、さらに過激に洗練され、熱狂的なリスナーを獲得しました。80年代私が渡米した頃は、彼の編み出したM-BASE理論(Macro-Basic Array of Structured Extemporarization)を旗印に、グレッグ・オズビー(as)、ジェリ・アレン(p)、デヴィッド・ギルモア(g)、カサンドラ・ウィルソン(vo)、ロビン・ユーバンクス(tb)、ゲイリー・トーマス(ts)、ジャン・ポール・ブレリー(g)らが集い、90年代は、ラヴィ・コルトレーン(ts)、マシュー・ギャリソン(el-b)、ジェイソン・モラン(p)、ステフォン・ハリス(vib)らも絡み、優秀なアフロ・アメリカンのジャズ・ミュージシャンの登竜門となっています。

 2000年のバークシェア・マウンテン・ミュージック・フェスティヴァルで、東京から来たライターの佐藤英輔氏のインタビューを通訳したときに、英輔氏がメデスキ、マーチン&ウッドの面々に、"The Dropper"を、ヒップ・ホップ・エイジの“イン・ア・サイレント・ウェイ”と表現して、彼らをいたく感激させていました。80年代初頭から中旬にかけて、シーンに出現したヒップ・ホップ、Run DMCやパブリック・エネミーらと連動したジャズは、すでにスティーヴ・コールマンとM-BASE一派が、今から20年近く前にブルックリンを拠点に展開していたのです。ブラック・イングリッシュのラップのようなフレージングを、サックスに置き換えると変拍子になったのです。メカニックに変拍子を作ったプログレ・ロックとは異なり、会話のように発生したフレーズを曲に置き換えているため、極端な違和感はさほど感じません。(当時のドラムのマーヴィン・“スミッティ”・スミスや、現在のショーン・リックマンに負うところが大きいですが。)そのころのフランチャイズ・クラブは、まだハウストン・ストリートにあったニッティング・ファクトリーであり、同じくレギュラーで出演していたのが、ジョン・ゾーン(as)や、ジョン・ルーリー(as)率いるラウンジ・リザースです。ラウンジ・リザースは、ジョン・メデスキ(kb)、スティーヴン・バーンスタイン(tp)、マーク・リボー(g)らも、かつて在籍しており、ジャズ系ジャム・バンドの温床と、私は捉えています。97年のテキサコ・ジャズ・フェスティヴァルに参加していて、その後ジャム・バンドとして(本人達は意識せずに)ブレークした人たちに、実は、スティーヴ・コールマンは、大きな影響があったのではということに気づきました。またメデスキらにインタビューする機会があるときに、聞いてみたいと思います。なお、スティーヴ・コールマンは音楽的アイディアは、売るべきものではなく、シェアすべきものとの理念に基づいて、廃盤になっている過去のアルバムや、自主制作のニュー・アルバムを、mp3で、自らのウェッブ・サイトで、無料配布しています。私も、すべてダウンロードしCDに焼いて聴いてみて、改めて彼はもしかしたら、チャーリー・パーカーにあと一歩のところで、なりそこねた男なのかもしれないと、確信しました。スティーヴ・コールマンに関しては、改めてまたジャズ・ライフの連載ででも取りあげてみます。今後も我が道を突き進んでもらいたい。この97年のフェスティヴァルで、私が漠然と感じていた胎動が、99年から2000年ジャム・バンドの名を借りて噴出し、それがやや鎮静化してきた現在、次なる展開はまだ見えてきていませんが、まだ意外なところに潜んでいるようにも思えます。(2002年11月20日記す。)

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