2004年 01月号 Jazz Life誌 New York Report
New
York Jazz Witness
モダン・ジャズの歴史の証言者
写真家チャック・スチュアートに訊く
ビ・バップ全盛時代から、ジャズ・ヒストリーを彩ったアイコン達を、レンズを通して見つめ続けた、フォトグラファーがいる。彼の視線の先には、エリントンが、ベイシーが、マイルスが、モンクが、そしてコルトレーンが、時に張りつめた緊張感の中で、ある時はリラックスした姿で、ただずんでいた。ジャズ・レジェンド達が放つ強烈なオーラを、フィルムに捉え、余すことなく印画紙に焼き付けた写真家、チャック・スチュアートが、その絢爛たるジャズ・ライフを語ってくれた。
マンハッタンからバスで一時間ほどの、ニュージャージー州ティーネックの閑静な住宅街に、このベテラン・フォトグラファーを訪ねる。10数年前に、マンハッタンのフォト・スタジオをたたんでから、撮影のない時は、50年以上かけて撮影した膨大なネガとプリントを編集・整理し、リイッシューCDや、本、雑誌に写真を提供したり、ギャラリー・ショウに参加して過ごしているそうだ。チャック・スチュアートは現在76歳、ジョン・コルトレーンや、マイルス・ディヴィスとは同世代であり、そのカメラで激動の時代を記録してきた。母が、チャーリー・クリスチャンと、同郷の幼なじみで、子供の頃からジャズに親しみ、育った街アリゾナ州のタクソンに、エリントンやベイシー、ベニー・グッドマンのビッグバンドがやってくると、必ず聴いていた。オハイオ大の写真学科に進学し、一年先輩のハーマン・レオナードの誘いで、1948年頃からニューヨークで仕事を始め、卒業後の49年に、レオナードの助手として、ミュージシャンの撮影を手伝うようになる。当時、レオナードは、52丁目の代表的クラブだった、"バードランド"の壁を飾る写真を手がけており、チャーリー・パーカーや、バド・パウエルらを、スタジオで撮影していた。55年にレオナードが、パリに拠点を移したときに、アメリカのクライアントを引き継ぎ、本格的に写真家としてのキャリアをスタートした。
デューク・エリントンが、自宅でピアノを弾く姿を撮影中に、インスピレーションがひらめいて作曲に没頭されてしまったりと、多くのエピソードがあるが、チャック・スチュアートの代表的な作品群といえば、60年代にインパルス・レーベルに撮影した、ジョン・コルトレーンのポートレートであろう。ルディ・ヴァン・ゲルダーのレコーディング・スタジオや、スチュアートのフォト・スタジオに於けるコルトレーンは、その早すぎる晩年に、聖者の面影を宿していく様子が、克明に記録されている。コルトレーンとは、49年頃にバードランドで出会って以来の付き合いで、プライヴェートでも多くの時間をともに過ごしたそうだ。若き日のコルトレーンは、アルコール中毒だったのだが、57年にセロニアス・モンクのグループに参加して以来、一切を断ってベジタリアンとなり、ストイックに音楽を追求するようになった。いつも穏やかで、静かだったコルトレーンだが、アリス・コルトレーンと出会ってからは、さらにスピリチュアルになり、音楽と家族がすべてという人生を歩む。しかし、若い日に酷使した肝臓は、不幸にもその絶頂期に、機能を永遠に停止してしまったと、スチュアートは語ってくれた。集団フリー・インプロヴィぜーションの問題作「アセンション」のカバーは、深夜まで及んだレコーディング・セッションのあとに、スチュアートのスタジオに移動して、朝の4時に撮影したという。コルトレーンは、フォト・セッションのアポに現れないことが多かったので、レコーディングの直後に、スタジオに入るのが一番確実だったそうだ。怒濤のアセンション・セッションの直後の静謐を捉えた写真は、ジャズのパンドラの匣を開けてしまったコルトレーンの決意を、物語っている。
50年代から、現在までの音楽と写真を巡る状況の変遷を問うてみた。写真に関しては、カメラの性能や、フィルムなど感材が発達し、よりクオリティが高い写真が撮影できるようになったが、レコーディング・スタジオでは、70年代のマルチ・トラック・レコーディングの導入から、それぞれのミュージシャンがブースに分離され、必ずしも緊密なコミュニケーションをとりながら、同時に演奏する必要が無くなってしまった。50年代、60年代は、同時録音だったために、それぞれのミュージシャンの間にパティションもなく、綿密なリハーサルを繰り返した後に、数テイクのレコーディングを行うスタイルで、多くのシャッター・チャンスに恵まれていたのが、大幅に減少してしまったのが残念であると、スチュアートは言う。しかし、音楽そのものは、常に進化している。50年代、60年代の音楽で、現在も聴かれているものは、時間を超えて素晴らしいものばかりで、その当時にもジャンク・ミュージックはあったが、淘汰されてきた。現在の音楽の中にも、30年、40年たっても確実に残るクオリティが、存在していると思うと、語ってくれた。モダン・ジャズの歴史の証言者の鋭くも暖かい視線は、今もミュージック・シーンに注がれている。(10/14/2003
於Chuck Stewart 邸, Teaneck NJ)
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