2000年 5月号 Jazz Life誌 New York Report
New
York Jazz Witness
テクノロジーと創造性の狭間で、良質の作品を
手がけ続けるエンジニア、マルコム・ポラック 音楽産業の中で、この数十年の間にドラスティックに、変化したのはレコーディング・エンジニアと、スタジオ・ビジネスをめぐる環境といえるだろう。70年代後半から、NYを拠点にその激変の中でキャリアを築き上げ、にカウント・ベイシー・オーケストラから、ローリング・ストーンズまで、幅広い音楽を手がけているレコーディング・エンジニアのマルコム・ポラックに、今回は話を聞いてみた。
ジャズ・ミュージックが、華やかりし頃の50,60年代、コロンビア、RCAなどのメジャー・レーベルでは、自社のスタジオと、スタッフ・エンジニア、そしてそれぞれのスタジオのテクニカル・スタッフが、独自に製作した録音機材を用いて、レコーディングを行っていた。このことから、各社がオリジナリティのあるサウンドを誇っていた。また、ブルー・ノートやプレスティッジ、リヴァー・サイドなどのインディペンデント・レーベルは、ルディ・ヴァン・ゲルダーなどの外注のエンジニアに録音を依頼し、メジャー・レーベルとは一線を画したサウンドを創りあげてきた。
70年代になると、レコード会社の自社スタジオよりも、レンタル・スタジオが、独自のサウンドを売り物に台頭し、NYでは、ジミ・ヘンドリックスが、愛用したエレクトリック・レディ・スタジオや、数々の歴史的名盤を生み出したパワー・スティション(現アヴァター・スタジオ)、A&Mスタジオが名を知られている。この時代の、スタジオは、優秀なスタッフ・エンジニアが所属し、ハードのみならず、ソフトをも提供しその技術力の高さを競っていた。マルコム・ポラックは、78年にエレクトリック・メインテナンス・テクニシャンとしてパワー・スティションにはいり、8年間を、アシスタント・エンジニア、スタッフエンジニアとして、多くのレコーディング・プロジェクトに携わることとなる。
「私は、もともとニュー・ジャージーのローカル・シーンで活動していた、ロック・スターになることを夢見るドラマーだったんだ。そのころ、レコーディング・スタジオで働けば、レコード会社の人に知り合うチャンスも多く、メジャー・デビューのきっかけをつかむことが出来るのでは、といった企みからNYのオーディオ・エンジニアの学校に行き、卒業後ラッキーな偶然からパワー・スティションに、勤めることになった。
当時のパワー・スティションは、ボブ・クリアーマウンテン、ニール・ドスコン、ジェイムス・ファーバーら優秀なスタッフ・エンジニアや、ヴィジター・エンジニアがいて、彼らと同じ現場に入れることは、素晴らしい経験だった。くしくも、この時に私のドラマーとしてのキャリアも終わったんだけどね。デジタル・レコーディングなども、このころの試行錯誤の中から完成されていったし、エンジニアの中にはいかに生音を美しく、忠実に録音するかということにクレイジーな職人肌の人が多く活躍していたいい時代だった。スタジオも常にスケジュールがいっぱいで、毎日がエキサイティングだったよ。」
80年代の後半から90年代の初頭にかけて、コンピューター、デジタル技術の発達により、スタジオ・シーンは大打撃を受ける。TVのコマーシャルや、ジングル製作などの分野では、シークェンサーやシンセサイザーなどにより、録音のために広いスペースを確保する必要がなくなり、ギターやベースは、ケーブルからライン録りをして、マイクを通じて録音する必要があるものはヴォーカルとホーンぐらいになってしまった。個人のホーム・スタジオでも十分なクオリティのものが製作可能となり、スタジオのクライアントが激減し、多くが閉鎖に追い込まれた。スタジオが、フルタイムでスタッフ・エンジニアをキープしておくことが、経済的にも不可能になり、エンジニアが淘汰されフリーランサーとして、各レンタル・スタジオで、録音を手がけるといったスタイルへと変わっていったのである。近年は、プロ・ツールなどのソフト・ウェアを使ったハード・ディスク・レコーディングも多くなり、さらに小規模なスタジオでも、ハイ・クオリティな録音が可能になった。このようなテクノロジーの進歩が、ジャズ・ミュージックに与えている影響を、ポラックに問う。「先頃、私がレコーディングを手がけたデヴィッド・サンボーン(as)の"インサイド"(ワーナー)は、ループ、サンプリングなどのモダン・レコーディング・テクノロジーの最先端の技術と、スタジオにおけるライヴ・レコーディングが、絶妙にブレンドされた作品だ。プロデューサーのマーカス・ミラー(b)のアイディアによるところが大きいのだけど、このようなタイプのアーティストは、常に自分のクリエイティヴィティと、テクノロジーの臨界点で格闘しており、そのスタイル大きな影響を与えていると思う。しかしレジェンドといわれるベテラン・アーティストにとっては、たしかに録音されるサウンドのクオリティは格段によくなったが、その精神性や、スタイルに与えている影響は、少ないと思う。私も、プロ・ツールを仕事で使っていて便利なものとは思うけれども、スタジオのコンソールを操作しているような、自分の楽器をコントロールしているような実感がもてないのが難点だね。こういうことを言うと、古いタイプのエンジニアだと思われてしまうけど。」
ポラックのサウンドの特徴として、エレクトリック楽器を、繊細にアコースティック楽器のようなニュアンスで録音することがあげられる。マイク・スターン(g)、ボブ・バーグ(ts)、ランディ・ブレッカー(tp)、ティル・ブルナー(tp,vo)、イエロー・ジェケッツ、、ハル(g)らのコンテンポラリー・ジャズ系のアーティスト達との、コラボレイションの中で、その個性的なサウンドを発揮してきた。トーキング・ヘッズや、ジェイムス・テイラー(vo、g)、アート・ガーファンクル(vo、g)らのシングル・ミックスをも手がけ、幅広い分野の経験に培われた絶妙なバランス感覚は、ポラックならではのものである。
「私にとって、ジャズ・ミュージックのレコーディングは、その場で響いている音を、モニターの上で忠実に再現し全体を構成するという、レコーディングの原点でもあり、またいつもチャレンジでもあるんだ。そして、ジャズ・レコーディングの現場は、ミラクルが起きる可能性を常に秘めているのだ。ボビー・マクファーリン(vo)の"バング・ズーム"(東芝EMI)のレコーディングの時のことだ。マイルスの"Selim"という曲がなかなかうまくいかないでひっかかっていた。ボビーは、集中力を高めるために、ライトを暗くしてキャンドルの中で歌い始めた。その時、全員の集中力が一つになり、何かが変わったんだ。ボビーはミュート・トランペットのヴォイスでテーマをとった。それはまるでスピリチュアルな世界と、チャネリングしているとしか思えないような瞬間だった。このアルバムの中で、ベスト・トラックになったと確信しているよ。これがあるからジャズ・レコーディングはやめられないんだ。」これからも、我々リスナーにこのような瞬間を、多く届けてくれることを期待したい。
(3/14/00 於アヴァター・レコーディング・スタジオ)
E-Mail : Malcolm Pollack