2001年 2月号 Jazz Life誌 New York Report
New
York Jazz Witness
繊細さと骨太なパワフルさが絶妙なバランスで同居する
期待の若手レコーディング・エンジニア内藤克彦
NYジャズ・シーンを支える人々の、インサイダー・ストーリーでもある、レコーディング・エンジニアのインタビューは、今まで、ベテランのデヴィッド・ベイカーから、中堅ともいえる40代始めのマルコム・ポラックらを取りあげてきた。今回は、90年代からジャズ・ミュージックの録音を中心に、幅広く活躍する若手の内藤克彦に、スポットを当ててみたい。
内藤克彦は、ここ数年めきめきと頭角をあらわしているオーディオ・エンジニアである。99年に発表された、カーラ・クック(vo.)の
"It's all about love" (米盤 MAXJAZZ)は、2000年のグラミー賞ジャズ・ヴォーカル部門に、ノミネートされ、昨年は、アル・ディメオラ(g)の、オーケストラを含む大作
"リベル・タンゴ"(Telarc/ユニバーサル)でも、録音とミキシングを手がけ、まさに今、脂がのっているエンジニアの一人だ。
この日は、春にMAXJAZZからリリースされる、ラヴァーン・バトラー(vo.)のセカンド・アルバムを、レコーディング中の彼を訪ねた。
82年に日本で高校卒業後に渡米し、バークリー音楽院(現・音楽大)のミュージック・プロダクション&エンジニアリング科に、留学した内藤は、卒業後、ボストンのスタジオで、ハウス・エンジニアとして勤務する。機械いじりと音楽が好きで、双方を併せ持つ仕事ということで志したオーディオ・エンジニアであったが、留学中にジャズ・ミュージックと、本格的に関わり始め、またハウス・エンジニア時代には、様々な音楽を手がける。内藤は90年に、ジャズ、アコースティック・ミュージックの、録音技術をさらに探求して、NYに進出した。デヴィッド・ベイカーや、ジム・アンダーソンらのアシスタント・エンジニアを務め、トラディショナルから、コンテンポラリー・ジャズまで、多くのレコーディング、ミキシングを手がける。ベイカーとの、師弟関係は今も濃密で、メデスキー、マーチン&ウッドなど、多くの共同作業を手がけている。このインタビューの日も、たまたまスタジオにマスター・テープを取りに来たベイカーが、内藤の仕事ぶりを見守っていた。93年より、メイン・エンジニアとして、コロンビア、ブルー・ノートなどのメジャーから、アメリカ、ヨーロッパのインディ・レーベル、キング・レコード、キーストーン
ら日本のレーベルの、多くのアルバムにクレジットを連ねている。
内藤克彦の創り出すサウンドは、ベイカーゆずり繊細さと、ジャズ・レコーディングの伝統である骨太なパワフルさが、絶妙なバランスで同居し、さらに若い世代ならではの幅広い音楽の嗜好が、柔軟な音楽への対応を可能にしている。同世代の、ミュージシャンからの指名で手がけるレコーディングも多く、サム・ニューサム(ts.)や、マイルス・グリフィス(vo.)、ブルース・バース(p)のアルバムは、数枚に渡って手がけ、絶大な信頼を得た。内藤のキャリアでターニング・ポイントともいえる作品は、アル・ディ・メオラの最新作、"
リベル・タンゴ"であろう。 ストリングス・オーケストラや、複数のパーカション・プレイヤー、ディメオラ自身のギターの・オーヴァー・ダビングなどの、多くの録音素材を、スタジオで、ディメオラとのコラボレーションにより、再構築し作品に仕上げるという、ミキシングに1週間を費やしたジャズでは長期間のプロジェクトは、内藤の中に大きな手応えを残した大作だ。「アル・ディメオラは、ソロ活動のほかにもリターン・トゥ・フォーエヴァーや、スーパー・ギター・トリオなど、私らの学生の頃、一世を風靡したプレイヤーだからね。そんな彼の、妥協をいっさいしない完璧なミュージシャン・シップに触れ、自分もベストなものを提供し、大いに啓発されたよ。個人的には、ジャズのトラディショナルなレコーディング・スタイルである、2チャンネル・ダイレクトのスタジオ・ライヴ録音が、サウンド・ドキュメントという意味において、好きなんだけれども、この作品は、その対極にあるんだよ。しかし、じっくりと作りこむことによって、明らかになってくるミュージシャン自身のステイトメントに触れて、感銘を受けた。こういうプロジェクトも、もっと手がけていきたいね。」内藤は、語った。
ジャズのインディペンデント・レーベルの、録音も多く手がけている内藤だが、90年代におけるNYの、インディ・ミュージック・シーンについて、訊ねてみた。「もちろんディ・メオラの新作のような作品は、レコード会社の後ろ盾がないと不可能だけど、例えば2チャンネル・ダイレクトや、ライヴ録音であれば、個人レベルでもクオリティの高いものを制作することは、出来るわけだ。そこから、リスナーに届く過程において、レコード会社なり、レコード店なりが必要だったわけだけど、今や、インターネットの普及によって、リスナーが、自分の好みの音楽を探して、直接手に入れることが、可能になってきた。結局、メジャー・レーベルのヘルプが必要なのは、一部のミュージシャンだけであって、ミュージシャンが、自分の追求する音楽を作品にして、それが嗜好に合うリスナーの手元に届けることが、成立するわけだ。この状況の中でやはり問われるのは、個々のミュージシャンのクオリティであり、インディ・ミュージック・シーンにおいても、自然淘汰が進行しているのが、現在の状況だと思う。ジャズのように、リスナーの好みが大きくわかれる音楽は、今後インターネット上の通販でCDや音源を買うというスタイルが、もっと大きくなってくると思うし、私もその中で、クオリティの高い作品制作に参加していきたいと思っている。」 内藤克彦の今後なさらなる活躍に、期待したい。
(12/16/00 於Sound on Sound recording Studio NYC)