1998年   6月号 Jazz Life誌 New York Report

New York Jazz Witness

“ジャズの守護聖人”、“夜の羊の群を見守る羊飼い”
ジョン・ガルシア・ゲンセル牧師の偉大なる業績

 1950〜60年代というワクワクする季節を牽引していたジャズ・ジャイアンツの陰には、ある人物の強い支えがあった。今回は多くのジャズメンからの尊敬と愛情を一身に受けていたジョン・ガルシア・ゲンセル牧師を紹介しよう。

 1950、60年代においては、多くのジャズ・ミュージシャンッを取り巻く社会的状況は、必ずしも彼らが正当な評価を受けられる状態ではなく、貧困、ドラッグなどの諸問題を抱えていた。今年(1998年)ん2月に亡くなったジョン・ガルシア・ゲンセル牧師は、宗教家の立場から多くのジャズ・ミュージシャン達を援助し、尊敬を受けた聖職者だ。今回はマンハッタンのミッド・タウンにあるセイント・ピータース教会で多くのジャズ関係者が集まって行われた、メモリアル・サーヴィス(追悼集会)と、ゲンセル牧師の業績についてリポートしたい。

 後年“ジャズの守護聖人”、“夜の羊の群を見守る羊飼い”と讃えられ、デューク・エリントンをはじめ多くのミュージシャンから曲を捧げられたジョン・ガルシア・ゲンセル牧師は、1917年にプエルトリコに生まれ、6歳で渡米した。彼は、多感なティーン・エイジャーの頃に、ペンシルヴァニアにやってきたデューク・エリントン・オーケストラの魅力の虜となり、生涯愛し続けることになる。40年代から50年代半ばにかけ、ゲンセル牧師はアメリカ各地やグアム島の海軍基地の教会の牧師を歴任し、1956年にマンハッタンの教会に赴任した。
 数多くのクラブが盛況で、もっともヒップなカルチャーのひとつであった当時のジャズ・シーンのなかに自然と入り込んでいった牧師は、多くのミュージシャンの音楽を聴くと同時に、彼らの悩みを聞き、分かち合うようになる。ゲンセル牧師の誠実なアドヴァイス、援助に多くのミュージシャンが集まり、彼は大半の時間をミュージシャン達のカウンセリングに費やすことになった。そして1965年、ルーラル教会アメリカ支部より、ニューヨーク・ジャズ・コミュニティの専任牧師に任命されるに至った。
 ゲンセル牧師は1965年の10月以来"Jazz Vaspers"という、ジャズ・ミュージシャンとその家族のために毎週日曜日の午後5時から行われる夜間ミサ、毎年10月に催され、今年で28年目となる"All Nite Soul"という12時間に及ぶミュージック・マラソン・イヴェントから、結婚の承認、洗礼、追悼などの生活上の儀式まで執り行い、多くのミュージシャン達のよき友人であった。
 偉大な音楽家が死去すると、告別式はその出身地で行われるが、NYでも縁が深かった友人達によって追悼式が行われる。ゲンセル牧師によって追悼されたジャズ・ミュージシャンは、デューク・エリントン(p)をはじめ、マイルス・ディヴィス(tp)、ジョン・コルトレーン(ts)、セロニアス・モンク(p)、ビル・エヴァンス(p)、サラ・ヴォーン(vo)、ディジー・ガレスビー(tp)、テディ・ウィルソン(p)、スタン・ゲッツ(ts)と枚挙のいとまがない。
 これらのジャズ・ジャイアントのリストを見るまでもなく、多くのミュージシャン達の尊敬と信頼を得ていたゲンセル牧師は、93年いっぱいで30年以上に及ぶセイント・ピータース教会におけるジャズ・コミュニティでの活動から引退し、ペンシルヴァニアに退穏した。

 この日のメモリアル・サーヴィスは、ゲンセル牧師の同僚で共に活動していたデイル・R・リンド牧師によって執り行われた。
 バリー・ハリスが指揮するコーラスから始まった追悼パフォーマンスは、ゲンセル牧師へのスピーチと演奏が交互に披露された。マックス・ローチ(ds)は、「彼は私の命の恩人」とスピーチし、ソロ・ドラム・パフォーマンスを捧げ、フランク・フォスター(ts)は、「自分のメモリアル・サーヴィスもお願いするつもりだったのに............」と語ったあとに、ゲンセル牧師のフェイヴァリット・スタンダードである「ゼア・イズ・ノー・グレーター・ラヴ」をプレイした。「ジョージア・オン・マイ・マインド」を、ゴスペル・フィーリングたっぷりに歌い上げたエタ・ジョーンズ(vo)、「プレリュード・トゥ・ア・キッス」を歌伴で演奏したフランク・ウェス(ts)らゲンセル牧師と同時代を生きた多くのミュージシャン達の演奏は、牧師が初めてNYで行った、故人を悼むよりも故人の実り多い生涯を祝福するニューオリンズのジャズ・フューネラルのスタイルに則り、ポジティヴな印象を受ける追悼式であった。
 ミュージシャン以外にもゲンセル牧師との長い交友を持つ、JVCジャズ・フェスティヴァルのプロデューサー、ジョージ・ウェインの思い出のエピソードや、94年のJVCジャズ・フェスティヴァルで引退したゲンセル牧師のために、生前トリビュート・コンサートをプロデュースした評論家のアイラ・ギトラーのコメントは、牧師が如何にジャズとそのコミュニティの人々に惜しみない深い愛を注いでいたかを語っていた。セイント・ピータース教会では、ジョン・ガルシア・ゲンセル記念ジャズ基金を設立し、今後もジャズ・ミュージックへの支援活動を続ける予定である。また今年も10月11日に、ゲンセル牧師に捧げた"All Nite Soul"イヴェントが催される(4/19/98 於Sain Peter's Church)

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