1998年   7月号 Jazz Life誌 New York Report

New York Jazz Witness

佐藤允彦の多面性を持った才能とキャリアが表現された、“ジャズ・フロム・ジャパン”コンサート

  1993年春にスタートした、ジャパン・ソサエティの主催による“ジャズ・フロム・ジャパン”コンサートは、日米両国ミュージシャンのコラボレーションによる、日本国内では聴けない顔合わせや、先行ショウ・ケースとして、興味深いコンサートを企画してきた。今回は本誌でも健筆をふるう佐藤允彦の出演となった。

 "Dinamic Duos"と銘打たれたこのコンサートは、佐藤と大津純子(vln)のクラシック音楽とインプロヴィゼーションのデュオ、エディ・ゴメスとの、テーマ呈示、アドリブとオーソドックスなジャズのフォーマットによるデュオ、ネッド・ローゼンバーグ(as,b-cl,尺八)とのフリー・インプロヴィゼーションと、デュオという最小のアンサンブルで、佐藤允彦の多面性を聴かせる対談集といった趣きであった。

 大津とのデュオ・ユニットで、パファーマンスは始まった。『プレリュード・トゥ・ア・キッス』と、『プラトー・ソング』からのレパートリーを演奏した。このユニットでは、佐藤の作曲によるヴァイオリン・パートに、大津がジャズ的なアプローチではなく、クラシックの方法論に則った独自の表現を盛り込み、佐藤が即興でスポンテニアスに反応して、テーマのモチーフを展開していくフォーマットで演奏された。「プレリュード・トゥ・ア・キッス」や「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」といった美しいメロディをもつスタンダード・チューンは佐藤のバッキングによってヴァイオリン・コンチェルトのような響きがもたらされたが、西洋音階外の世界に素材を求めた佐藤のオリジナルや、トルコ民謡、中米民謡、秋田長持唄等に、このユニットが西洋音楽の束縛から解放されたフレキシビリティが発揮されている。ダイナミズムの大きい曲では、大津と佐藤のリズムの質の違いが、より面白いニュアンスを聴かせていた。

 エディ・ゴメスとのデュオにおいては、今までの2人の共演アルバムの中の、佐藤のオリジナル曲が演奏された。ストレート・アヘッドの演奏ではチック・コリアに近い理知的なアプローチの佐藤と、ビル・エヴァンス・トリオの伝統をくむゴメスのインタープレイの応酬は、この日の3つのセットの、もっとも激しくスリリングなプレイであった。スケールのインサイドとアウトサイドを、微妙な感覚で往復する佐藤のアドリブ・ラインと、ゴメスのベース・ラインは、ある瞬間は共存し、ある瞬間はせめぎ合って、緊密なサウンド空間を構築する。アルコ(弓弾き)のアドリブ・ソロにおける佐藤のバッキングは、音域、音数は違うが、ヴァイオリンの時とは全く異なるアグレッシヴさを持っており、そのコントラストがこの前半2つのセットのコンセプトの違いを、際立たせている。

 ネッド・ローゼンバーグとのデュオに関して佐藤は解説で、「フリー・インプロヴィゼーションはミュージック・パフォーマンスの究極の姿であり、地図とコンパスをなしに、旅をするようなもの。」と述べている。空間に浮かび上がったサウンドの断片をモチーフとし、相互に発展させていく、というスタイルがとられた。ローゼンバーグは、アルト・サックス、バス・クラリネット、尺八と3本の管楽器を持ち替えて演奏するのだが、佐藤もパーカッシヴなプレイで、対比を試みていた。エモーショナルな昴ぶりの発露と、鎮静化というプロセスの、サウンドへの置き換えを具体的に聴衆へ示すパフォーマンスは、より直截的なサウンドの会話を聴かせることになった。

 3つの異なったフォーマットによるデュオ演奏という今回の試みは、佐藤允彦の現在の音楽的関心の3つのディメンションを示すと同時に、佐藤の長いキャリアをも見せている。オーソドックス・スタイルのジャズからスタートし、現代音楽的なアプローチの関心から様々な音楽的実験を試み、コンテンポラリー・ジャズを通り抜け、構成が完成されているコマーシャル音楽をも消化しながら、エスニック音階、リズムに新たな関心が向かっている。佐藤允彦の多面性を持った才能とキャリアを表現する、興味深いプレゼンテーションであった。(5/18/1998 於ジャパン・ソサエティ)

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